その瞬間、にこやかだった彼の表情が一変した。

真剣味を帯びた薔薇色の瞳。雰囲気が変わったことが気になりつつも、私は話を続ける。


「実は今、私たちはペルグレッド国の郊外にある町で、あるレストランの再建事業を手掛けているんです。ですが、店には肝心のシェフがひとりもいなくて…。人間界でレストランを経営していたヴァルトさんに、ぜひ力を貸していただきたいと思いまして」

「もしかして、ミレーナちゃんはヒトの子なの?」

「はい。そうです」


静まりかえった応接室。

沈黙が流れ、緊張感が漂っている。


「なるほどね。君たちの事情は理解したよ」


あごに手を当てたヴァルトさんは、小さく呼吸をして低く続けた。


「悪いけど、俺にそのお願いは聞けない。他の料理人をあたってくれるかな」


黙って話を聞いていたルキが、ヴァルトを見つめた。


「なぜ断る。急な申し出だからか?」

「あぁ、いえ。俺の個人的な理由ですよ」


ルキにかしこまった彼は、弱々しく微笑んだ後、軽く口を開けた。

薄い唇の間から見えたのは鋭い牙。彼は少しだけ覗かせた舌を指し、薔薇色の瞳を鈍く光らせる。


「俺は、生粋のヴァンパイアでしてね。人間界で働いていた頃は控えていたんですが、シェフを辞めた反動で夜な夜な美女の生き血を欲のままに頂いていたら、血の味に溺れて舌が鈍ってしまったんです」