手を振って見送るケットが扉の向こうに消えた。
自分が出てきた家を見上げると、レストランは魔界にある建物のひとつのように見えている。どうやら、ルキの魔力で自由に行き来できる仕組みのようだ。
興奮冷めやらずに胸を高鳴らせていると、ルキは私の肩を抱いた。
やや強引に、連れられるがまま歩きだす。
「ローウィンから、シェフの家の住所も聞いてある。さっさと行くぞ」
「は、はい!それにしても、レストランの扉が魔界と直通なんて感動しました。人間界に戻るときはどうするんですか?」
「その時はまたあの家に入ればいい。自然と人間界に戻れる」
こんな夢みたいなことが現実で起こるなんて。想像を遥かに超えている。ルキがいうには、魔界の住人なら誰でも自由に行き来できる力を持っているらしい。
どこもかしこも魅力的で、自然とバックの中のカメラに手が伸びた。
「ルキ、ちょっと写真を撮ってもいいですか?空とか街灯とか…あっ!あの広場のオブジェなんかも素敵!」
初めて見る造形物に心惹かれて駆け出しそうになった瞬間、はっ!と立ち止まった。
頭の中に響くのは、幼い頃から聞いてきたシグレの声。
『おい、また迷子になるだろう!勝手に遠くへ行くな』
しまった。怒られる。
今までも、カメラに夢中になって時間を忘れたり、アクティブに動きすぎて、連れを振り回すことが多々あった。幼なじみのシグレはなんだかんだ言いながら付き合ってくれたが、今隣にいるのは泣く子も黙る魔王様だ。
きっと、気分を悪くするに決まってる。
そんなことが頭をよぎり、無言のルキに思わず身構えた、その時だった。