「閉店後にお邪魔してすみませんでした。お話ができて良かったです。兄様のお仲間とも顔を合わせることができましたし、今日はこれで失礼します」


穏やかにそう告げたキーラさんは、弱々しく笑った。「帰りましょうか」と声をかける彼に、アラク大臣は深く頷く。

やがて扉が閉まり客人の背中が見えなくなると、従業員達は一斉に肩の力を抜いた。

背もたれに寄りかかるヴァルトさんは、緊張感から解き放たれたように口を開く。


「はぁ、ドッと疲れたよ。それにしても驚いた。王族と城の幹部が話しているところなんてそうそう見るもんじゃないからね」

「心臓に悪いわ。魔王様が大臣に向かって歩き出した時、血生臭い展開を想像してヒヤヒヤしちゃった」


ヴァルトさんに続いたメディさんも机に頬杖をついて息を吐いた。ルキは「騒がしくして悪かったな」と小さく謝っている。


「怖がらせたか」


隣に座ったルキに、ふわりと髪を撫でられた。心なしか気づかうような瞳でこちらを見るルキに、ぎこちなく頷く。


「正直に言えば、少し怖かったです。ルキは魔王様なんだなって改めて思いました。でも、私の言ったことを覚えていてくれて嬉しかったです」

「あぁ。お前の前では、もう怖いことはしないと決めたんだ」

「…私がいないところではやるんですか?」

「時と場合による。だが、この店をけがすような真似はしない」


素直にそう答えたルキ。

やはり、冷酷な暴君だった最初の頃とは違う。


そういえば、去り際、アラク大臣の視線を感じたのは気のせいだろうか。まるで敵意のこもったような瞳に身震いがしたのだが、ろくに会話もしていない私にそんな目を向けるはずがない。

思い過ごしなら良いんだけど…。


「どうした?」

「いえ。なんでもありません」


私は、胸に抱いた不安を押し殺すように笑みを見せたのだった。