穏やかに頷いたマオットさんは、これまでの経緯を説明するメディさんの話を真摯に聞いていた。
数分前まで自分が石像だったことやレストランの従業員達の素性にだいぶ驚いたようだが、その瞳に軽蔑や恐怖の色は一切ない。
そして、今の状況を理解すると、泣きそうな彼女の頬を撫でて優しくささやいた。
「謝らないで。僕の方こそ不安にさせてごめんね。別れ話なんかじゃないよ。本当に大事な話をしようと思っていたんだ」
ジャケットの胸元から差し出されたのは小さなベルベット生地の箱だった。蓋を開けると、燃えるようなルビーの指輪が光っている。
思いもよらないプレゼントに硬直するメディさん。その視線は指輪に釘付けだ。
「綺麗な君にふさわしいものを贈りたくてさ。ちょっとだけ頑張ってお金を貯めたんだ」
照れくさそうに笑ったマオットは、彼女の手をとった。指輪は、左手の薬指にピッタリとはまる。
私たちが見守る中、深く息を吸った彼は覚悟を決めたようにまっすぐ告げた。
「メディ。僕と結婚してくれないか。君は、僕にはもったいないくらいの人だけど…必ず幸せにするよ」
その瞬間。ぎゅっ!とメディさんが抱きついた。
しっかりと受け止めた彼が頬を染めると、ぽろぽろと涙をこぼした彼女は何度も頷く。
「もちろんよ!嬉しい…!愛してるわマオット…!」
レストランに響く拍手。
つい涙腺が緩んで視界がぼやけた。
きっと、同じ時間を生きるのはメディさんにとって一瞬だ。だけどそこには、何事にも代えがたいたくさんの思い出と愛がある。
私は、メディさんの肩を優しく叩いた。手に持っているのはカメラだ。
「記念に一枚お撮りします。はい、笑って!」
レンズ越しに見えたふたりは幸せそうに寄り添っていた。この一瞬が写真の枠に縁取られ、永遠に残る思い出となっただろう。
その晩、《レクエルド》では婚約祝いのパーティーが開かれ、人間も魔物も共に極上のディナーに舌鼓を打ったのだった。