「ああ,木下先生。どうかしました?」
 生徒個人の事情を先生方に話すなら,まずは学年主任の先生に話を通すのがセオリーだ。
「はい。――ちょっと,ウチのクラスの生徒のことで,先生方にお願いしたいことがありまして……」
「はあ……。何でしょうか?」
 俺は職員室内を見回し,そこに一人も生徒がいないことを確かめてから,やっと本題に入った。
「実は――,ウチのクラスの森嶋瑠花のことなんですけど……」
「彼女が何か問題でも起こしました? とてもそんな生徒には見えませんが」
「ああ,いえ。そうじゃなくて……。彼女,実は重い病気なんです。悪性の脳腫瘍に冒されていて,余命はあと半年もないって。学校でも,いつ症状が悪化するか分からないそうです」
「えっ……? 本当なんですか,それ?」
 俺の話を聞いた西本先生の顔が,サッと青ざめた。
「本当です。僕も本人から聞きましたし,養護の村田先生もご存じです。――これ,見て頂けますか」
 俺は出勤簿に(はさ)んでいた瑠花の進路希望のプリントを,彼のデスクの上に置いた。
「これは今日,森嶋が提出した進路希望なんですが……」