「………出てって」

「…」
「人の痛みもわからないあんたにここにいる資格ないわ」
「……二度と戻ってくるかこんな場所」


 顔を上げた成美が視界のはたで見えても構わず出て行こうとした。財布とスマホ、あと適当な荷物を抱えて店を出ようとしたら足に何かがしがみつく。顔面を涙でずぶ濡れにした凛だった。

「エイにぃいやだ! 行かないで、嫌だぁあ」

「なん、」
「いなくなっちゃやだ、! 凛いい子にするから、もうわがまま言わないから、いなくならないで、ここにいてよぉ、っ…うわああぁん」

「…、」









 結局、そんなすったもんだがあって、大徳は出禁になり、俺は何故か成美に謝って(今でも悪いとは思ってない)、その後は事なきを得たと思う。

 いなくなって欲しくない、ここにいてほしい、なんて。たぶんその時生まれて初めて言われた。あんな風にまっすぐ誰かに想いを伝えられたことが、今までに一度でもあっただろうか。


 ☁︎


 けど、大徳が言っていた言葉はあながち間違ってなかったらしい。

 金がなければ倒れてしまうし、才能がなければ、評価は得られない。努力で実を結ぶのは、世界でもほんの一握りだ。でもなりふり構わず突っ走っていた。楽しかったから、意味が、価値が、きっとあると思っていたから。

 大学に進学しても音楽を続けていると、何かの手違いでか音楽プロデューサーからメジャーデビューの話が転がり込んだ。そんなのがあったから余計、認められるんだって、俺がしてきたことは間違いじゃなかったんだって、浮き足立って、何一つ見えなくなってた。



 仲間の本音を知ったのは、大学三年の春。

 ゼミにノートを忘れた、と戻った部屋で確かに聞いた。


「なー、お前あのバンドいつまでやるの」

「高校ん時はノリで楽しくやってたけどさー、正味現実みんとそろそろやばいよな」
「それな。てか栄介一人で突っ走ってるし」
「誰かが止めにかかってやんねーとあれずっと続けんぞ」
「サムっ。つーかあいつもそろそろさぁ」



「自分が才能ないって気づけよ」







 その時、死んだと思った。

 心の何かが、正真正銘へし折れた。


 本気で前に進むのは気が引けて、びびって翌日就活するから解散って笑ったら、残念がって笑う仲間にもう、何も感じられなくなってた。
 散々振り回したのかもしれない。独りよがりだったのかもしれない。それでも過ごした時間は確かなら、少しでも、嘘でも、続けようって言ってみて欲しかった。

 なんのために自分はここにいたんだろう。