Your Princess

蘭を完全に怒らせてしまった。
湖からの帰り道。蘭は一言も喋らなかった。
地獄のような空気を漂わせ。
屋敷に戻って以降。蘭とは顔を見合わせていない。

本気で嫌われた。
元から嫌われているんだろうけど。
本当に嫌われた。

あの時、どう答えるのが正解だったんだろう?
蘭のことをどう思ってるか?
そんなの嫌いに決まってるじゃないか。

我慢して「お慕いしております」と言えばよかったの?
ああ、どうしよう。
蘭のことだ。
絶対に嫌がらせしてくるに決まっている。

「ふぅ…」
盛大にため息をついていると。
厨房からシュロさんがやってきた。
「カレンさん、食事おいしくなかったですか?」
夕食時。
スープを目の前にして。全く口をつけていないのを気にかけたのか。
わざわざシュロさんが様子を見にきたのだ。

「恋ってなんでしょうね…」
思わず、口に出してしまった後。
「あ」と慌ててシュロさんを見る。
シュロさんは、複雑そうな表情をして。
「すんません、しょっぱかったですか?」
と言って、皿を下げようとしたので。
「いえ、まだ食べてないので味は濃くないと思います」
私は「恋」と言ったつもりだったのだが。
シュロさんは、「濃い」と認識したらしい。
シュロさんからスープを取り戻して。
スプーンで一口すくって食べる。

そんな私とシュロさんのやり取りを見ていたサクラさんが、大声で笑い出した。
蝋燭の明かりがあるとはいえ。
部屋は薄暗い。
サクラさんの笑い声がどこか不気味にも聞こえてくる。
「カレン、恋してるの?」
「ひえっ!? 違います。本当に違います」
「隠さなくてもいいのよ」
「本当に違うんです。あの・・・、あ。課題なんです。恋愛感情について文章を書くのが宿題になっていて」
「へぇー。ライト先生もお洒落な宿題出すのねぇ」
サクラさんはそう言うと。
隣の椅子へ座った。
「あの、サクラさんは。クリスさんのどういうところが好きなんですか?」
頬杖をついてこっちを見ているサクラさん。
シュロさんは「うへぇ」と変な声を出してサクラさんを見た。
「クリス? そんなの全部に決まってるじゃない」
サクラさんの切れ長の目が何かを訴えている。
どさくさに紛れて言った嘘だけど。
やっぱり、バレているんだろうな・・・
「クリスはね。誰よりも私のことを理解してくれているの」
サクラさんは人差し指でクルクルと自分の髪の毛を巻き付けている。
「サクラもクリスも腐れ縁だからなぁ…」
独り言のようにシュロさんが言うと。
じっとサクラさんがシュロさんを睨みつけた。
「腐れ縁って言うな! 私とクリスは昔から赤い糸で結ばれてるっての!」
サクラさんの大声にシュロさんは「ごめん」と謝った。

「やっぱり、恋をするとその人とずっと一緒にいたいって思うんですよね?」
さっきからニヤニヤと笑っているサクラさんに尋ねる。
「そうねー。…うーん。まぁ、一緒にいたいと思うけど。でも、いくら願っても叶わないこともあるし」
「……?」
ふと、サクラさんは寂しそうな表情をする。
「常に相手のことを考えて、思いやるのが恋じゃない? 一緒にいるだけが全てじゃないわ」
そう言うと、サクラさんが微笑んだ。
その笑顔があまりにも素敵で可愛いなと思ってしまう。
「蘭がこんな立派な奥さんを迎えて、俺は嬉しいなー」
また、シュロさんが感慨深そうに言う。
シュロさんが私を褒めるたびに、私は自己嫌悪に陥る。
そんな立派な人間じゃないのに。
「大丈夫よ、カレン。蘭はね、口は悪いし女性の気持ちなんて一切わかりっこないし。プレゼントだってくれないけど」
パーン! と強い力で。サクラさんは私の背中を叩いた。
「一緒にいる時間は少なくともカレンも蘭も大丈夫よ。二人ともお似合いよ」
「いえ…あー…」
もうこれ以上、何を言っても駄目だと思い。
あいまいに頷いた。

私は生まれてから一度も恋というのをしたことがない。
よくわからないまま、蘭のもとへ嫁いで結婚してしまった。
蘭のことをどう思うかなんて、どんなに考えても。
嫌い・・・という感情しか湧かない。
いつ会っても、私のことを見下しているようにしか思えない。

それでも。
もうこの環境から逃げ出せなくて。
どうすればいいのだろう…と思うしかないのだ。
(お兄様がいてくれたらなあ)
相談できたのに。
お兄様は今、どこで何をしているのだろう?
幸せに笑っていてくれたら、いいなあ。