ダンデライオン 〜美奈子


午後、部活が終わって 和哉が訪れる。


美奈子は みんなに進められて、麻有子のウエディングドレスを着てみた。
 

「わあ。美奈ちゃん、綺麗。」

絵里加が歓声を上げる。

麻有子が心配したサイズも、全く 手を入れる必要がないほど、美奈子にぴったりだった。
 
「本当。美奈ちゃん、よく似合うわ。」

と麻有子が笑顔で言う。
 

「うん。馬子にも衣装だね。」

と父と母は微笑み合う。
 


美奈子は そっと和哉を見る。

和哉は 少し顔を赤らめて、嬉しそうに 微笑んでいた。
 

「どう、和哉。」

美奈子は 意地悪をしてみたくなって、和哉に聞く。
 

「ははは。美奈ちゃん、聞くなよ。」

一層赤くなって、何も言えない和哉の代わりに、智之が言う。
 

「もう。少しくらい褒めてよ。お兄さんなんて、堂々と お姉ちゃんを褒めるよ。」


幸せに 頬を膨らませる美奈子。
 



「ねえ、美奈ちゃん。サムシングフォーって知っている?何か古い物。何か新しい物。何か借りた物。何か青い物。結婚式に、それを身に付けると幸せになるっていう。」

麻有子の言葉に 美奈子は頷き、
 

「マザーグースのおまじないだよね。私、靴を買おうと思って。和哉、お兄さんより 背が低いから。お姉ちゃんの靴だと ヒールが高すぎるの。」

と美奈子は言う。
 

「じゃ、ブーケに青を入れて。ママ。何か古い物、ない?」

麻有子は母に聞く。

そういう話しを している姉は、少女のようだった。
 


「古い物だらけよ、うちは。」と笑う母。
 
「だから。違うって。結婚式で 身に付けられる物よ。もう。」

麻有子は 困った顔で言う。

みんな、声を出して笑ってしまう。


「あっ。あるある。お祖母ちゃんから もらった真珠のブローチがあるわ。」

と母は、奥の部屋に行く。

そして、ビロードの箱を持って来た。


麻有子も美奈子も、初めて見る箱。
 
「わあ。素敵じゃない。」

麻有子が言う。
 
「うん。ママ、一回もしたことないよね。」

美奈子も驚いて聞く。
 


「私が お嫁に来る時、お祖母ちゃんが 買ってくれたの。でもする時がなくて。」

と言って 母は父を見る。
 

「そういうの 付けるような所に 連れて行かなくて。悪かったね。」

と父が言って、またみんなで笑う。
 


「ママ、貸して。」

と麻有子は 箱からブローチを取りだし、美奈子の胸に付ける。


シルバーの台に、花の形で 真珠をあしらったブローチは、豪華なドレスの ビーズ刺繍とよく似合った。
 

「いい。いい。ぴったりよ。」

麻有子の言葉に 母が頷く。
 

「ねえ和君、美奈ちゃんと並んで。」

絵里加に言われて、みんなが頷く。
 

「えっ。俺、普段着だよ。」

と照れる和哉。
 
「いいから、いいから。」

と智之に肩を叩かれ、和哉は 照れながら 立ち上がる。
 

「うん。いいじゃない。お似合いよ。」

母が言うと、
 

「普段着の和哉と お似合いって。それもどうなのよ。」

と美奈子が膨れる。


またみんなの笑い声が弾けて。
 


美奈子は 隣に立つ和哉を、そっと見る。

照れながら、和哉も 幸せそうに微笑んでいる。



今日の幸せを、忘れない。


家族の愛と、和哉の愛に包まれて。



不幸だったことが 一度もない自分の人生。



これからも、ずっと私は幸せだ、と美奈子は 確信していた。
 




行動の早い智之達は、翌日 別荘を建築してくれた工務店の社長に 声をかけた。
 

「去年の別荘に続いて、今度は 高村さんの家を建てさせてもらえるなんて。」

と工務店の社長は 上機嫌だった。
 

「こちらこそ。別荘、すごく使い易くて、みんな喜んでいます。なので両親と妹達の家も 安心してお願いできます。」

いつも謙虚な智之は 自分がお客さんの立場でも 決して 高圧的な態度をしない。
 


お店をどうするか、という話しをした時 父は閉めてもいいと言った。
 

「機械も全部古いし。それに最近は チェーン店が増えているから。たいして お客さんも来ないんだよ。」

寂しそうと言うより、むしろ サバサバした雰囲気の父。
 

「そのうち、美奈ちゃんの子供が生まれたら、パパとママで 面倒みるようになるから。ちょうど良いじゃない。」


麻有子が笑顔で言うと、美奈子は、


「ちょっと、お姉ちゃん。」

と言い、和哉は 美奈子より顔を赤くした。
 



「土地が広いから、余裕のある 家ができますよ。」


工務店の設計士は、笑顔で言う。
 

「いやいや。狭くていいよ。ママも美奈子も掃除嫌いなんだから。」

と父は笑う。
 
「パパができるじゃない。もう 仕事ないんだから。」

と母に言われて、父は目を見張る。
 


両親と美奈子達に任せると、遠慮して 動かないことを 智之は知っている。

だから無理やり 工務店と顔合わせをした。

両親も美奈子達も、智之の思いやりに 感動していた。



今後の予定を 大まかに決めて、工務店の人が帰ると、和哉は、
 

「お兄さん、お姉さん。本当にありがとうございます。」


と深々と頭を下げた。

そして、
 
「俺、家賃も住宅ローンもないから。お父さん達と、余裕のある生活ができます。」

と続けた。

和哉は、父がお店を閉めても 生活の心配は しなくていいと 智之達に伝えたかったのだろう。
 

「和君、ありがとう。私達 本当に、和君には感謝しているの。」


麻有子は優しく言う。
 
「そんな。感謝するのは俺達です。」

和哉は驚いた顔をする。


麻有子は 静かに首を振って 智之と見つめ合う。
 


「美奈ちゃんが和君に出会えて、本当に良かった。」

麻有子の言葉に、
 
「お姉ちゃん。」

と言って美奈子は涙汲む。
 

「私、幸過ぎて。どんな風に 恩返しすればいいのかわからないくらい。」

と声を詰まらせる美奈子に、
 

「そう思ったら、和哉君に優しくすることだね。」

と父は言う。
 
「えっ。いいです、俺は。今くらい 強い美奈子の方が。」

和哉が戸惑った顔で言い、みんなは 声を上げて笑う。
 

「もう。和哉。」

涙を溜めて、和哉を睨む美奈子。
 


今までだって、自分を 不幸だと思ったことはないけれど。

美奈子は 自分を、怖い程 幸せだと思う。

みんなが 美奈子を 大切に思ってくれる。



今まで、思うままに生きて。


これからも、同じように 自由に生きられる。
 


「美奈ちゃんが、優しい子だからよ。」


と麻有子が言った時、美奈子は 顔を覆って泣き出した。
 



家の設計が決まるまで、智之達は 頻繁に軽井沢を訪れた。

両親や美奈子達と一緒に、打合せに参加する智之。

遠慮する両親や美奈子達を抑えて。


美奈子達には 贅沢過ぎる家に、プランがまとまった。
 


家の打合せの合間に、両家の家族で顔合わせをした。


「私、謝らなければなりません。和哉から お姉さんのこと聞いて、正直 付き合っていけるのか心配していました。」


和哉のお父さんは、神妙に言う。
 
「こんなに良いご姉妹なのに。会いもしないうちから、偏見を持ってしまって。本当にすみません。」

と頭を下げるお父さん。
 

「お父様、止めて下さい。こちらこそ 色々 勝手に決めてしまって。」

麻有子が 驚いた顔で、お父さんを制する。
 
「いやいや。二人で決めれば良いって 言っていますから。むしろ うちのことまで 気にしていただいて。」

和哉のお父さんは、麻有子達の 穏やかな謙虚さに 安心していた。
 

「和君には、私達も これからずっと お世話になるので。ずっと、仲良くしていきたいと思っています。」

智之がそう言って、麻有子と頷き合う。

お父様は驚いた顔で
 

「そんな風に 言ってもらえて。和哉は 田舎育ちで 野暮な男ですが、どうか可愛がってやって下さい。」

と言うお父さん。
 

「お父さん、ひどいな。田舎者は お互い様だろう。」

と和哉が言って、みんなが笑う。
 

「和君の 誠実な人柄は お父様譲りなのね。」

と麻有子が笑顔で言う。
 
「麻有子さん、私も誠実ですよ。」

とお母さんが続けて、明るい笑い声が広がった。




明るくて穏やかな和哉の家族に、麻有子達は 安心し。

和哉の家族は、謙虚で 親しみやすい麻有子達に安心していた。


お互いの家族の 好意を感じて、美奈子は 胸を熱くする。

そっと和哉を見ると、照れた顔で微笑み返す。
 


全ての幸せは 和哉だと、美奈子は思った。

美奈子の人生を 鮮やかに彩ってくれた和哉。


照れ屋で、言葉では言わないけれど、和哉の笑顔から、美奈子は同じ思いを感じていた。

 



2月中に 古い家を解体し、新しい家の 建築が始まった。


その間、美奈子は 和哉のアパートに住む。

父と母は、家に近くに アパートを借りた。
 


父と母の仮住まいに、別荘を 使ってほしいという 廣澤家の申し出を、父は断った。
 

「いくらなんでも。それじゃ、けじめが無さ過ぎるだろう。」

と言う父に、
 
「私、アパート暮らしって してみたかったの。」

と母は のん気なことを言って 父を驚かせていた。



新しい家の完成は 夏頃になる予定で、和哉の 夏休み中には 引越しができるだろう。


智之と麻有子の好意を 受け入れた家族。


みんなが それぞれの責任を感じていた。



軽井沢に似合う、おしゃれな外観と 余裕のある間取り。

智之の提案で、両親と美奈子達の 想像を超えた贅沢な家。
 

「子供が増えて、すぐに狭くなるから。」

と智之は笑顔で言う。


頻繁に 軽井沢を訪れる麻有子達。

その度、みんなで別荘に集まる。
 


「私とお姉ちゃん、すっと 一緒の部屋だったのよ。贅沢だわ。」

美奈子は、まだ見ぬ 自分の子供を思い言うと、
 
「そうそう。2段ベッドで 寝ていたんだよね。」

と麻有子も懐かしそうに笑う。
 

「じゃんけんで勝って、私が上の段で。でも寝てみたら、頭はぶつかるし。下の方が良かったんだよね。」

美奈子も 昔を思い出しながら言う。
 

「美奈ちゃん、はしごから 落ちたことあったよね。」
 
「あった、あった。朝、寝ぼけていて。」

笑顔で話しているうちに、美奈子の目に 涙が浮かんでくる。
 


「お姉ちゃん、いつも一緒にいてくれたよね。」

美奈子が そっと言うと、
 
「私、勉強ばかりしていて。全然、良いお姉ちゃんじゃなかったけど。」

麻有子も涙汲んで言う。
 

「二人とも、泣き虫だな。」

そう言って、智之は そっと麻有子の肩に手を掛けた。
 


「何か、結婚する時って 色々思い出すの。私、自分の時も そうだったわ。」

と麻有子は 指で涙を拭いながら言う。
 

「私、何も変わらないのに。おかしいね。」

美奈子は 泣き笑いのような顔をする。
 

「変わるじゃない、名字が。これからは 小島さんになるんだよ。」

智之が優しく言った。


美奈子が 和哉の顔を見ると、嬉しそうに微笑んでいる。


ふいに 熱い思いが込み上げて、美奈子は 涙が溢れてしまう。


顔を伏せる美奈子の肩を、優しく撫でてくれたのは、和哉ではなく麻有子だった。