以前 和哉の父も、兄の結婚式で 入場して来る義姉と その父親を 羨ましそうに見ていた。
「俺は 娘がいなくて良かったよ。恥ずかしくて、あんな風に歩けないよ。」
披露宴の席で 父はポツンと言っていた。
和哉は 笑顔で 父に相槌を打ったけれど、娘とバージンロードを歩くということは、父親の夢なのかもしれない。
娘を持たないと 叶わない夢。
和哉は まだ実感がないけれど。
もし娘が生まれたら、その日を夢見るだろう。
美奈子と教会を見学して、結婚式について 詳しい話しを聞いた夜、
「ねえ、パパ。結婚式なんだけど。私、お父様と バージンロードを歩いてもいいかな。」
美奈子は 父に切り出した。
「ああ、それはいいね。きっとお父様、喜ぶよ。」
父は笑顔で頷いた。
美奈子は 得意気な顔で 和哉を見る。
「お父さん、いいんですか。」
和哉が聞くと
「俺は 麻有子の時に歩いたから。ああいうのは 一回で十分だよ。」
と父は 照れた顔で言った。
「でもお父様、遠慮するんじゃない。」
母の言葉に、美奈子は頷く。
「私もそう思う。だから私、お父様を説得しないと。」
美奈子は 笑顔で言う。
「俺より、和哉君いいの?」
父は 和哉の気持ちを確認する。
「もちろん。一生に一回のことだから。美奈子の思うようにしたいんです。」
和哉も笑顔で頷く。
「あーあ。完璧に 美奈子の尻に 敷かれているよ。」
と父は 呆れた顔で言う。
「それが嬉しいんです。」
和哉の言葉に
「ヤバいね、ママ。美奈子の天下だよ。」
と父は続けた。
ずっと 美奈子の天下でいい。
美奈子らしく 自由に、思うように 生活させてあげたい。
生き生きとしている美奈子を見ることが、和哉は 幸せだから。
そんな風に思いながら 美奈子を見ると、
美奈子は 嬉しそうに 微笑み返してくれた。
結婚式を 春休みに決めて。
和哉の両親は、美奈子両親に 挨拶に来た。
和哉の家と美奈子の家は、家族の信念が 似ている。
それを感じた親達は 安心していた。
「私達、遠くて。何もできなくて。すみませんが、和哉を宜しくお願いします。」
和哉の父が言うと、
「いいえ。嫁に出すのに、近くに置いてしまって。こちらこそすみません。」
美奈子の父も 神妙に答える。
「和哉の仕事が こっちですから。お父さん達が近くにいてくれて、私達も安心です。」
和哉は 大学生の頃から 家を離れている。
両親は 和哉が結婚しても、実家の近くに戻るとは 思っていなかった。
「美奈子さん、和哉にも家のこと、協力させてね。」
和哉の母は美奈子に言う。
「はい。和哉さん、一人暮らしが長いから 何でもできて助かります。」
美奈子が 正直に言うと 美奈子の母は慌てて、
「これだから。本当に恥ずかしいです。」
と苦笑した。
「美奈子さんは 素直だから。それが一番です。」
と和哉の母は 優しく言う。
嬉しそうに微笑む和哉を見て、
「和哉が鼻の下を伸ばしているよ。」
と和哉の父は 明るく笑う。
「止めてくれよ。」
と急に 顔を強ばらせる和哉。
どちらの両親達も 二人の姿に 満足していた。
12月に入ると、和哉と美奈子は 東京に行った。
廣澤家のみんなに 招待状を渡し、お父様に バージンロードの お願いをするつもりだった。
師走の渋谷は 凄い人出で、和哉と美奈子は 圧倒されて無口になる。
クリスマスムードの 人波を泳ぎながら、
「凄い人だね。」
と和哉は苦笑する。
「本当。私、こんな所では 暮らせないよ。」
と美奈子は言う。
「うん、俺も。こんなに人がいて、凄い情報量で。東京で生活している人って 人種が違うよね。」
和哉は、周りをキョロキョロ見ながら言う。
「そうだね。私、すごく怖いと思うけど。お姉ちゃんは、軽井沢の方が怖いって言うんだよ。」
美奈子の言葉に、
「へえ。お姉さんは都会的だからなあ。軽井沢じゃ 浮いてしまうのかもね。」
と和哉が答える。
「私は田舎者で。悪かったわね。」
と美奈子は笑った。
麻有子の家に上がると、絵里加と壮馬が 美奈子達の側に 駆け寄ってくる。
「壮君、合格おめでとう。頑張ったね。」
絵里加達と同じ小学校に 合格した壮馬に、美奈子は言う。
「ありがとう。」
はにかんだ笑顔で 答える壮馬。
「お姉ちゃん、凄いね。二人とも 合格させるなんて。私、保育園で自慢しているの。」
美奈子が言うと、
「壮君が頑張ったのよ。でも、ホッとしたわ。」
と麻有子は 優しく微笑んだ。
壮馬は 和哉の手を引いて、自分の部屋を 案内している。
すっかり女の子らしくなった絵里加は、麻有子と一緒に お茶の用意を手伝っている。
二階から戻って来た和哉と、ゆっくりお茶を飲んで 近況を話した後で、智之は
「二人の新居なんだけど。」
と言って 和哉と美奈子の顔を見る。
「和君、美奈ちゃんのご両親と 一緒に住むことは 抵抗ある?」
と続けた。
和哉よりも 美奈子の方が驚いて
「うちで?無理よ。もう古いし、部屋だって足りないわ。」と答える。
「俺、少し考えていたよ。いずれ、美奈子の実家を建替えて、お父さん達と 一緒に住めたらいいなって。」
和哉の答えに、美奈子は驚いて
「えっ。」と言って絶句する。
「もし、和君が 嫌じゃなければ。一緒に住んでもらえないかな。そうしたら、俺も麻有ちゃんも安心なんだけど。」
智之と麻有子は頷き合う。
「パパも もう年だから。いつまでも お店できないでしょう。この機会に お店を閉めて、家を建替えたらどうかしら。」
麻有子が言う。
「そんなこと。簡単に言わないでよ。頭金くらい貯めてからじゃないと。」
と美奈子は 呆れたように笑う。
「費用の心配はしないで。私達が 用意するから。」
と麻有子は言って、智之は頷く。
「馬鹿なこと 言わないで。私達が住む家、お姉ちゃんに 建ててもらえないわ。」
美奈子は 少し声を荒げて言う。
「違うわ、美奈ちゃん。パパとママの家よ。」
麻有子は優しく言う。
納得できない顔の美奈子に、
「麻有ちゃんは 長女だから。俺達が お父さんとお母さんの 近くにいるのが当然なんだ。お父さん達に、こっちに来てもらうことも考えたけれど。それも お父さん達の 負担になると思って。」
智之は静かに言って、美奈子と和哉の顔を見る。
「だからって。」美奈子が口ごもると、
「俺は、最初から そのつもりでした。一緒に住む、住まないは 別にしても。お父さん達の近くにいて、何かあれば 俺が力になりたいと 思っています。」
和哉は 美奈子に変わって口を挿む。
「和哉。」
美奈子も初めて聞く、和哉の気持ちだった。
「まだお父さん達、元気だから。全然、俺達の力とか 必要ないと思うけど。逆に、俺達の方が、お父さん達に 助けてもらうことになるけど。でも俺、仕事も軽井沢周辺だから。」
和哉の誠実な言葉に、美奈子の目は 潤んでくる。
「和君、ありがとう。すごく心強いわ。」
麻有子が言う。
「でも、お兄さんに 家を建ててもらうなんて。俺達が働いて、いずれ建替えます。」
和哉は 困った顔で言う。
「私、東京の大学に行って、パパに 随分負担かけたの。家を建てるくらいのお金、パパに出してもらっているから。私が 東京に出なければ、パパ、すぐに家を建てられたわ。」
麻有子の言葉に、智之は 優しく麻有子を見る。
「だから和君、俺にも 良い格好させて。和君の兄貴だから。お父さん達の気持ち、聞いてからだけど。もし、お父さん達が 納得してくれたら、家を建てさせて。」と言う。
「でも、そんな。」
和哉は困った顔で口ごもる。
「家を建てたからって、それで 責任が果たせると 思っているわけじゃないの。パパやママに何かあれば、その時は、もちろん 私達も手伝うわ。」
麻有子は静かに言う。
「そんなこと、わかるわ。お姉ちゃんのことだもの。」
美奈子は みんなの好意が 胸に沁みて 涙が溢れてしまう。
「和君のご両親の 意向もあるけど。でも、和君の気持ちが聞けて 良かった。」
智之が言うと、麻有子も頷き
「美奈ちゃんに 赤ちゃんが生まれても、ママと一緒なら、仕事続けられるし。」と言う。
麻有子は 両親のことだけでなく、美奈子のことも考えている。
「お姉ちゃん。私のことまで。」
と言って美奈子は 手で顔を覆う。
智之と麻有子の 好意が嬉しくて。
そして何より、和哉の心が嬉しくて。
「和君。私達が家を建てること、パパが建てると思って。それなら和君も 抵抗が少ないでしょう。」
麻有子の頬を 涙が伝う。
智之は そっと、麻有子の肩に 手をかける。
素敵過ぎる二人に、美奈子は 泣きながら見惚れていた。
最近、和哉は 仕事が終わると 美奈子の家に帰ってくる。
「ただいま。」
と言って 和哉が来ると、美奈子だけでなく 父と母も 笑顔になる。
「今日はとんかつですね。」
と和哉は 笑顔で食卓を覗き、両親と一緒に 夕食を食べる。
遠慮なく おかわりをする和哉に、
「ちょっと、和哉。少しは遠慮してよ。」
と美奈子が笑う。
「えー。だってお母さんのご飯、美奈子のとは 格が違うんだよ。」
そう言いながら、和哉は 千切りキャベツを 頬張る。
「失礼しちゃう。」
と言う美奈子と、
「当たり前だ。和哉君、美奈子の いい加減な料理、よく食べているよ。」
と父も笑う。
「和君が 美味しそうに食べてくれるから、ご飯作るの、楽しみになったわ。」
と母も 嬉しそうに答える。