和哉に進められて、柔道の大会を 見学に行った美奈子。
会場は 町民体育館のサブアリーナ。
和哉に 教えられた場所から、美奈子は中を覗く。
いくつものコートで 同時に試合をしている。
美奈子が覗いた 入口近くのコート。
生徒と 並んで座っている和哉が見えた。
『よし。』とか『いけ。』とか、生徒達の声が聞こえる。
柔道を知らない美奈子。
どちらが 優勢なのかもわからずに、試合に引き込まれていく。
「やった。」と言う 生徒達の歓声を聞いて、和哉のチームが 勝ったことを知る。
整列して 礼をした生徒達と一緒に、和哉が外に出てくる。
入口の脇で 美奈子は、控えめに 和哉の腕を引く。
「えっ。」
と言って振向いた和哉。
美奈子を認めて優しく微笑む。
「見てくれたんだ。」と立ち止まり。
「うん。勝ったね。」
美奈子も 笑顔を返す。
先に外に出た生徒達が、振り返って 二人を見ている。
「これからお昼なんだ。生徒達に紹介するよ。」
と和哉に言われ、美奈子は付いて行く。
体育館の外、広げたシートの上で 休憩する生徒達。
「おい。こちら、保育園の高村美奈子先生だ。」
いきなり言う和哉に、みんなが キョトンとした顔をする。
「何で 保育園の先生がいるの。」
柔道着姿の 小柄な生徒が聞く。
「高村先生は、先生の婚約者だ。」
和哉は 照れた顔で言う。
生徒達は『ヒュー、ヒュー。』という歓声を上げる。
「初めまして。よろしくね。」
美奈子は 笑顔で生徒に言う。
「コジコジ。ヤッタじゃん。」
一人の生徒が 和哉を小突く。
「コラッ。コジコジって言うな。」
和哉は 照れた顔で その生徒の頭を抱え込む。
「あっ、これ。スポーツドリンク。みんなで飲んで。」
美奈子は 持ってきたペットボトルを差し出す。
「ありがとうございます。」
と大きな声で礼を言われ、クスクス笑ってしまう。
「コジコジ。美人だからフラれるなよ。」
「フラれたら、お前達のせいだからな。」
「なんだよ。俺達、何もしてないよ。」
そんな会話を、美奈子は 笑顔で聞いていた。
「先生。いつ結婚するの。」
「教えないよ。」
「結婚式、呼んでよ。」
「ヤダよ。下品になるから。」
生徒達との会話で 美奈子は、和哉と生徒が 良い関係を築いていることを知る。
「早く、弁当食べなさい。次の試合、動けなくなるよ。」
和哉が 先生らしく言うと、生徒達は 素直に荷物を開く。
「次の試合も頑張ってね。」
美奈子が言って帰ろうとすると
「えー。見ないんですか。」
体格の良い生徒が言う。
美奈子は 困って和哉の顔を見る。
「あと一時間後くらいだから。」
と言って和哉は 頷いてくれた。
「じゃあ、見せてもらうね。応援するから頑張ってよ。」
美奈子が言うと、生徒達は声を揃えて
『ありがとうございます。』と答えた。
夏休みに美奈子は、和哉の実家へ 挨拶に行った。
同じ長野県でも 軽井沢から 車で3時間近くかかる山間部。
和哉は 大学生の時から 実家を出て 一人暮らしをしていた。
「和哉が 婚約者連れて来るって言うから、昨日は みんなで掃除をしたんだよ。」
和哉に似た、がっしりとした体格のお父さんが 明るく言う。
「可愛くて、優しそうで。和哉には もったいないね。」
お母さんが そう言って笑う。
和哉は 美奈子の顔を見て、
「こう見えて、中々恐いんだ。」
と言うと、
「奥さんは 恐いくらいの方がいいんだ。母ちゃんを見てみろ。」
とお父さんが笑う。
「失礼だね、美奈子さん。和哉のこと、宜しくお願いしますね。」
とお母さんは言い、
「いいえ。私こそ、至らない所だらけで。お父さん、お母さん、これからも宜しくお願いします。」
と丁寧に 頭を下げる美奈子。
少し しんみりした空気が流れる。
「二人とも 大人だから。俺達は 何も心配してないよ。これからは、二人で 納得がいくまで話し合って、悔いのない生活を してくれればいいよ。」
お父さんの温かい言葉に、美奈子は 涙汲んでしまう。
和哉のご両親は、素朴で明るくて。
美奈子は ご両親を見て、和哉の 誠実な人柄が理解できた。
温かく受け入れられ、美奈子を 幸せな責任感が包む。
控えめに和哉を見ると、温かな瞳で 美奈子を見つめ返してくれた。
ご両親と一緒に暮らす お兄さん一家も加わり、賑やかな時間になる。
お兄さんの子供は 3才と1才の男の子二人。
最初、照れていた子供達は、すぐに美奈子に慣れ、ご両親を笑顔にする。
「美奈子さん。こんな有様だけど、たまには顔を見せに来てね。」
とみんなに優しく見送られ、二人は 軽井沢に帰った。
「美奈子、疲れただろう。ありがとう。」
帰りの車の中で、和哉は言う。
「ううん全然。和哉のご家族、みんな良い方で良かった。」
美奈子が 笑いながら言うと、
「親父は お袋に頭が上がらないんだ。」
と和哉が笑う。
「和哉、お父さんにそっくりだね。」
と美奈子も 笑ながら言う。
「だから俺も、美奈子に 頭が上がらないんだよ。」
と和哉は嬉しそうに笑った。
和哉の実家に行った翌週に、今度は 和哉が美奈子の両親に会う。
和哉は、緊張に表情を引き締めて、
「美奈子さんと、結婚を前提お付き合いしています。よろしいでしょうか。」
と言って父に頭を下げる。
「よろしくないって言ったら 止めるの。」
と父は笑い出し、和哉は慌てる。
「いえ。それは。」
と口ごもる和哉に、
「わがまま娘だけど、宜しく頼むね。」
と父が言い、和哉はホッとした顔になる。
和哉は普段、あまり取り乱すことがない。
小さなことに拘らない、和哉の 大らかさが 美奈子は大好きだった。
でも 美奈子の両親を前にして、初々しい緊張を見せる和哉。
美奈子の心に、甘い満足感が充ちてくる。
「いいえ。僕の方こそ。頼りないかと思いますが。どうぞ宜しくお願いします。」
そう言って、和哉は もう一度頭を下げた。
「美奈ちゃん、良い人と出会えて よかったじゃない。」
横から母が言う。
「やめてよ、ママ。照れるじゃない。」
美奈子は顔を赤くする。
「うちは、いつもこんな感じだから。和哉君、いつでも寄ってよ。」
と父が言うと、和哉は 嬉しそうな笑顔で
「はい。ありがとうございます。」と言う。
「夕ご飯、食べにいらっしゃいよ。美奈ちゃん、お料理できないから。」
と母も微笑む。
「いえ。そんなことないです。色々、作ってくれますよ。」
真剣に否定する和哉を、父と母は 笑って見ている。
「できる訳ないよ。ちっとも 家でやらないんだから。」
と手を振る父。
「失礼ね。和哉が いいって言っているんだからいいの。」
美奈子が 頬を膨らますと、三人は 顔を見合わせて笑う。
「和哉君、美奈子の尻に敷かれているね。」
と言う父に、
「それが嬉しいので。」
と和哉は 照れた顔で 美奈子を見る。
「ちょっと。そこは否定する所だよ。」
と拗ねる美奈子。
家族以外の人に 大切にされるときめきに、美奈子は 胸を熱くする。
ずっと 両親と生活してきて、いつも 美奈子は両親に庇護されていた。
これから 両親の代わりに、美奈子を 守ってくれる人と めぐり会えた幸せ。
麻有子のように 特別な生活はできないけれど。
いつも、気張らない 自然なままの 美奈子を受け入れ、愛されて生きていく。
これ以上の幸せはないと、美奈子は思っていた。
大らかで 物怖じしない和哉は、美奈子が何を言っても、笑顔で受け流す。
「ちょっと。私の話し、真剣に 聞いてないでしょう。」
時々、そんな和哉が 物足りなくなって、美奈子は責める。
「聞いているよ。大丈夫。美奈子は 文句言えば気が済むから。」
と和哉は 笑って言う。
「もう。結局、私は和哉に負けるんだ。」
と美奈子が 頬を膨らますと、和哉は 嬉しそうな笑顔で 美奈子を見る。
和哉の瞳からは 深い愛情が滲み、美奈子も 同じくらい熱い瞳で、和哉を見つめてしまう。
「なんだよ。」
と照れた顔で言う和哉。
和哉も多分、美奈子の愛を信じていた。
「ねえ、和哉。私達、いつの間にか 結婚することになっているけど。私、和哉に プロポーズされてないよね。」
美奈子が言うと、和哉は 一瞬ギクッとした顔になる。
「それは。別に、いいでしょう。」
と口ごもる和哉。
「いいわけ ないでしょう。私、断るかも知れないじゃない。」
美奈子は言う。
「断らないよ、美奈子は。大丈夫。」
クスッと 笑って言う和哉に、
「そういうことじゃなくて。ちゃんと言ってよ。」
美奈子も食い下がる。
「俺、苦手なんだよ。わかっているんだから、いいじゃない。」
照れ屋の和哉は、気まずそうに 笑ってごまかす。
「駄目。けじめだからね。一生に一回しかないんだよ。」
と美奈子も譲らない。
和哉は 左右を見たり、モジモジ動いた後で
「美奈子。俺と結婚して下さい。」
と少し早口で言った。
甘い幸せが胸に溢れ、美奈子は 頬を染める。
「はい。喜んで。」
少し俯いて、上目使いに 和哉を見ながら美奈子は言う。
和哉は 弾けるような笑顔で 美奈子を見つめる。