ダンデライオン 〜美奈子


「良い学校に行っている子供って、やっぱり優秀なの?」

ベテラン保育士が、話しに加わる。
 
「優秀かどうかは、わからないけど。でも姉の子も、その従兄妹達も、うちの園にいる子供とは、全然違いますね。」

美奈子は堂々と答える。
 
「そうなの?どう違うの。」

帰り仕度をしながら、みんなが興味津々で聞いている。
 


「ちゃんと 自分の意志表示ができるから 愚図ったり モジモジしないんです。大人の顔色を伺うような所もないし。伸び伸びしているけれど お行儀が良くて。」

美奈子が言うと、みんな驚いた顔をする。
 
「すごいね。お姉さん、どうやって育てているんだろう。」

美奈子よりずっと年上の、ベテラン保育士は言う。

「そうなんです。私も興味があって 見ているんだけど。特別な事は してないですよ。ただ、家族で すごくよく話していて。子供達の話しも、真剣に聞いてあげていますね。片手間じゃなくて。」

美奈子が言うと、
 
「そういう当たり前のことが、なかなかできないのよね。」

とベテラン保育士が言い、みんなが頷く。
 
「良い子は一日にしてならず、ってことだね。」

と春菜が言い、美奈子は笑う。
 
「でも普通の子は みんな、うちの園にいるような子だから。」

と言う美奈子に、みんなも納得した顔になる。
 

麻有子の家族は 特別だから。

そんな姉がいることは 誇らしい。


でも美奈子は、麻有子を目指しているわけではない。

そんな美奈子の気持ちを 理解できる人は少なかった。



軽井沢は夏が短い。

何となく 人が少なくなったと思っていると、あっと言う間に 冬が訪れる。


街が色付き、秋の観光シーズンが 間もなく終わる。


そんな金曜日の夜、美奈子は 春菜と食事をしていた。


「お姉さんの別荘、いつ頃出来上がるの。」

廣澤家の別荘を 建替えていることを、美奈子は 春菜に話していた。

「年内には 完成するみたい。すごい別荘。お姉ちゃんの別荘じゃないけどね。」

美奈子は 笑って答える。


「同じだよ。親の物なんだから。」

春菜も笑った後で、

「でも、本当に凄いよね。お金って、ある所にはあるんだね。」と続けた。
 
「うん。人の子のオムツ取り替えて、安いお給料で 働いているの、馬鹿みたいだよね。」

美奈子が言うと、春菜は顔をしかめ

「美奈子先生、汚い。」と笑った。
 



美奈子と春菜は、仕事帰りに 時々 一緒に食事をする。


春菜は、大学生の頃から付き合っている 彼がいた。

「春菜先生、まだ結婚しないの。」

美奈子が聞くと、

「うん。何か最近、どうでもよくなってきちゃって。結婚して、色々変わるの、面倒じゃない。」

春菜は 笑いながら答えた。


「親とか、何も言わない?」

長く付き合っていて、結婚しないのも 複雑だろうと 美奈子は思う。


「20代後半の頃には、色々言われたよ。私も結婚したいと思ったし。でもその頃、彼が転職して。それで落ち着くまで、って言っているうちに 今になって。」

春菜の言葉に、


「彼がいても、色々あるんだね。」

と美奈子は頷く。

「彼とは 縁がないのかな、とか、最近思うよ。急いで 結婚することもないけど、子供のこと考えると、ゆっくりも していられないじゃない。」

春菜はしみじみと言う。


「そうだよね。彼は どう思っているんだろうね。」

美奈子は聞いてしまう。

「何も考えてないわよ。フラフラ遊んでいて。結婚向きじゃないの、彼。」

春菜はきっぱりと言い切る。

「へえ。みんな大変なんだね。」

美奈子が 笑って言った時、



「あれ。高村先生ですよね。」

丁度、店に入って来た 二人連れの男性が、美奈子に 声を掛けた。
 
「はい。ああ、中学の小島先生。」

秋に行われた 教育委員会の研修で、美奈子の隣に座った 中学教諭の小島和哉だった。
 

「偶然ですね。」

と笑顔で言って、立ち去ろうとしない和哉に、
 
「良かったら、ここどうぞ。」

と春菜は 隣の椅子を指す。


「いいんですか。」

と答えて、和哉達は 同じテーブルに座る。

苦笑する美奈子に、春菜も笑顔で頷いた。
 
 


「改めまして。南中学の小島です。」

「坂井です。」

と二人は名乗る。


美奈子達も 順に自己紹介をして。

急に 賑やかなテーブルになる。


「坂井先生の奥さん、今、出産で実家に帰っていて。それで俺が 食事に付き合わされています。」


和哉は 教師らしく ハキハキと話す。

「へえ。坂井先生、いつ お子さん産まれるんですか。」

春菜が聞くと、
 
「先月の23日に 生まれたんです。」

坂井は 少し照れて 嬉しそうに答えた。


「へえ。性別は。」

美奈子の言葉に、

「男の子です。写真、見ますか。」

と、スマホを取りだして 赤ちゃんの写真を 見せてくれる。
 

「わあ。小さい。可愛いですね。」

美奈子と春菜は、スマホを覗き込んで 歓声を上げる。
 



「小島先生、ご結婚は?」

春菜が聞くと

「自分はまだです。女性に縁がなくて。」

和哉は ぎこちない笑顔で 美奈子を見た。

一瞬、美奈子は ドキッとしてしまう。


曖昧に頷いたけれど、いつものように 早いテンポの言葉が出ない。
 

「高村先生達は?」

和哉に聞かれて、

「私達もまだ。でも、私は彼がいます。美奈子先生は、今フリーだから 大丈夫ですよ。」

春菜は答えて、軽く美奈子に目配せをした。


「そうですか。」

と嬉しそうに微笑む和哉。



「ちょっと、春菜先生。」

と美奈子は 頬を染めてしまう。



美奈子にとって、初めての 心の揺れだった。



「小島先生、何かスポーツ しているんですか。」

特別 長身ではないけれど、筋肉質な和哉に 美奈子は聞く。

坂井は カマキリのように細かったから。
 

「はい。見ての通り、柔道です。」

と答えた和哉。


美奈子は 春菜と顔を見合わせて、爆笑してしまう。

つられて笑う和哉と坂井。


一瞬でテーブルは、打ち解けた雰囲気になった。
 

楽しく笑って、色々話して。

久しぶりに 華やかな時間を 過ごした美奈子。


和哉の視線から、控えめな好意を感じて。


春菜も気付いている。

だから春菜は、和哉と美奈子に 会話をさせる話題を振った。
 



「あの。美奈子先生。よかったら 連絡先を教えてもらえますか。」

帰り際、和哉は美奈子に言う。

春菜は 意味あり気に目配せをして
 

「小島先生、私の連絡先は いいんですか。」

と問いかける。

「いえ。そういう意味じゃなくて。春菜先生は、彼がいるって言っていたから。彼に悪いと思って。」

和哉は不器用に口ごもる。


「はい。これ。」

美奈子は 手早く メモに 携帯番号を書いて 和哉に渡した。
 

「ありがとうございます。」

と少し顔を赤らめて、和哉は受け取った。
 
 






初めて美奈子と会った時、和哉は 美奈子から滲む 幸せな優しさを感じた。


研修の会場へ ギリギリに入って行った和哉。

たまたま空いていた 美奈子の隣に腰掛ける。


ビジネスバッグから 手帳とペンを取りだし、ホッと一息つく間もなく 研修は始まる。
 

「あれ。ヤバい。」

和哉が メモを取り始めると すぐに、ペンが書けなくなってしまった。


慌てて バッグの中を探る和哉。
 


「これ。良かったら。」

美奈子は そっとボールペンを差し出す。
 

「あっ。ありがとうございます。」

和哉は 初めて美奈子の顔を見る。


美奈子は 優しく微笑んで頷いた。


『可愛いなあ』


和哉の顔も 自然とほころぶような、温かな笑顔。
 

美奈子が貸してくれたペンは、キャラクターの飾りが付いていた。




そっと美奈子を盗み見て、和哉は 美奈子を保育士だと思った。


美奈子は 保育士定番の、ジャージにエプロン姿だった。