「な、なんだと? 登紀子さんが、もうつくもにいない?」

「はい。登紀子さんは長い間つくもに尽くしてくれました。その登紀子さんの申し出で、後任にはこちらのちょう助をと頼まれた次第でございます」


 太腿の上に拳を置いて、八雲はちょう助を紹介した。

 ちょう助はその八雲に応えるように、畳に手を添えると虎之丞に向かって深々と頭を下げた。


「お……お初にお目にかかります。登紀子さんに代わってつくもの料理長を務めさせていただくことになりました、ちょう助と申します」


 僅かに震えてはいたものの、ちょう助の声はとても聞き取りやすかった。


「若輩者ではありますが、つくもの料理長として精一杯務めさせていただく所存です。本日お出しさせていただいたお料理も、真心を込めて作らせていただきました」


 言い終えて、ちょう助はゆっくりと顔を上げる。

 八雲が纏う濃紺の着物と同じ色の襟のついた、白い和服のコックコートの肩が、ほんの少し震えていた。

 それでも背筋をしゃんと伸ばして、自分よりも何倍も大きな身体をした虎之丞と対峙するちょう助は立派だ。

 見た目は子供でも、揺るぎない意志が瞳には宿っている。


「虎之丞様は鯵がお好きとお伺いしましたので、本日は熱海港で捕れた新鮮な鯵を使った活きあじフライをどうしてもお召し上がりいただきたいと思い──」

「ええいっ、そんなことは聞きとうないわっ!! 黙れ、黙れぇ、黙れぇいっ!!」


 けれど、ちょう助が料理の説明に移った途端に、今度は駄々っ子のような物言いが入った。

 ちょう助は声を失くして固まって、花も何が起きたのかわからないといった様子で唖然としてしまう。