それから、楽くんは、ストリートピアノを弾きに来なくなった。

きっと家で練習してるんだよね。

分かってる。

そうさせたのは私だって。

なのに……

なんでこんなに寂しいんだろう。

なんでこんなに会いたいんだろう。











「純鈴さん! こんにちは」

1週間ぶりに現れた楽くんは、いつも通りのにこやかな笑顔で私の前に立った。

その瞬間、胸の奥がキュンと締め付けられる。

「いらっしゃいませ」

私は、努めて、普段通りに見えるように挨拶をする。

「いつものコーヒーください」

注文を受けた私が用意している間にも、楽くんは話続ける。

「今日は、純鈴さんを補充に来たんだ。
 純鈴さん、今夜、空いてる?」

胸の奥に細波が(さざなみ)が立つ。

どうしよう。

こんなに嬉しいなんて。

私は、黙ってうなずいた。

「今日も19時?」

「……はい」

「じゃ、それまで、ピアノ弾いて待ってる」

楽くんは、コーヒーを受け取ると、ローズコートのピアノへと去っていく。

しばらくすると、コーヒーを飲み終えたのか、楽くんの音色が響いてきた。

私の知らないクラッシック曲。

でも…… 綺麗な曲……

私は仕事の手が止まるほど、聴き入っていた。



 30分後、仕事を終えた私は、待っててくれた楽くんと食事に行く。

だけど、この間と違って、緊張して言葉が出てこない。

楽くんに会えて嬉しいはずなのに、どうしていいか分からない。

なんで?

まるで初恋をした中学生のよう。

これが初めての恋ってわけじゃないのに。

食事の間の1時間、ずっと私は相槌を打ってばかりだった。


「純鈴さん、連絡先、聞いてもいい?」

最後に意を決したように楽くんが尋ねる。

「うん」

私には年上の余裕なんてどこにもなくて、ただ、楽くんの声に、表情に、仕草に胸を高鳴らせるばかりだった。