新宿の街に吹くビル風を 冷たく感じはじめた頃。
沙織が通用口を出ると、後ろから声を掛けられる。
「あれ。杉本さん。今帰りですか?」
振向いた沙織に、笑顔を投げかける紀之。
「俺も、今日は早く上がれて。偶然だな。」と罪のない笑顔で。
沙織は、プッと吹き出してしまう。
沙織の笑顔に、ホッとした顔の紀之は、
「せっかくだから、少し、お茶でも飲みませんか。」と言う。
沙織は、根負けした形で、
「少しだけなら。」と答える。
「よかった。」
と嬉しそうに笑う紀之に、沙織も自然と笑顔がこぼれる。
何故、紀之の誘いに応えたのだろう。
大企業の御曹司で、付き合える人じゃないのに。