はじめて会った紀之のご両親は、謙虚で穏やかで、沙織を安心させてくれた。
その年最後の週末、沙織は、紀之に連れられて、ご両親を訪ねる。
「ここが、紀之さんの家?」渋谷区松濤の高級住宅街。
豪邸が立ち並ぶ一角の豪邸。
確かに住む世界が違う。それは認める。
でも、沙織は背筋を伸ばし、凛として紀之に付いて行く。
「はじめまして。杉本沙織と申します。」
玄関に出迎えてくれた、紀之のお母様は、親しみやすい笑顔で、
「いらっしゃい。どうぞ、上がって。」と言ってくれる。
緊張して、硬い表情の沙織に、紀之はクスッと笑う。
リビングには、先日の紳士が、柔らかな笑顔で座っていた。
「はじめまして。杉本沙織と申します。宜しくお願い致します。」
丁寧に挨拶する沙織。
「あれ。どこかで会ったかな。」
お父様は、不思議そうに沙織を見つめる。
「ビルの1階の、みどり銀行で働いています。」沙織は言う。
あの日のことを、覚えているのか。
「ああ。あの時の?」
驚いた顔のお父様と満足そうな紀之。
二人を交互に見て、沙織は微笑む。
「あのときは、失礼致しました。紀之さんのお父様だと存じ上げなくて。」
沙織が言うとお父様は、
「こちらこそ。とても助かりました。」
と丁寧に答えてくれる。
たった一度、ほんの2~3分会っただけなのに。
覚えていてもらえたことに沙織は、胸が熱くなる。