父と話しながら、流した涙は、なんだったのだろう。

最初から、わかっていたはずなのに。

父がすんなりと、紀之を受け入れるはずはないと。

少し、期待していたのだろうか。自分の親だから。
 


翌朝、両親と顔を合わせても“おはよう”以外、口をきかなかった沙織。

父は、いつも通りの仏頂面で。母はオドオドして二人を見ていた。
 


父と話した後、紀之にメールで、父と喧嘩したことを告げる。
 
《大丈夫?俺、早めにお父さんに会うよ》と言ってくれた紀之。
 
《ありがとう。いざとなったら、家、出るから》と言う沙織に、
 
《焦らないで。時間かかっても、認めてもらおうよ》と紀之は言う。

紀之の優しさと、責任感に、沙織はまた涙を流す。
 
《ありがとう》と言って。
 


《俺の両親、沙織に会いたがっているよ。いつ家に来る?》

紀之の温かい言葉が、心を包んでくれる。

父とのやり取りも、遠く消えていく。
 
《いつでもいいよ。ご両親の都合の良い時で。》

父と話すよりも、嫌な時間なんてない。
 


だいたい、二人の結婚に反対するなら、紀之の両親だから。

沙織は、結婚を許してもらえるだけで、奇跡だと思っていたから。

自分の親に、反対する権利なんてないのに。

そう思うと、また悔しさが湧き上がる。
 



《父がなんて言っても、私は変わらないから。紀之さんと、死ぬまで一緒にいるって決めたから。》

クヨクヨしても仕方ない。最後は家を出ればよい。

そう思うと、沙織の心は、少し軽くなった。
 
《うれしいよ》と返してくれた紀之。
 

この人と生きていく。この先ずっと。

紀之の笑顔を守る為に。

そのうち家族が増えて。

紀之と一緒に、愛しんで育てよう。


反対した父を、見返せるくらい幸せになってみせる。
 


父に反対されたことで、自分の決意を確認できたと、沙織は思った。

前向きな楽天家だから。

苦しい事が起きたら、その時に考えればよい。


起こる前から苦労を想定して、逃げ出すなんて、沙織には似合わない。

父に祝福されなくても、何も問題はないのだから。