気難しくて、横柄で、いつも不機嫌な父。
30年近く一緒に生活している母は、結局、同類なのだと思う。
本当に嫌なら、一緒にいられない。
父の前では、オドオドして、いない所で、悪口を言う。
一緒に生きると決めたのなら、何故、努力をしないのだろう。
父を変えることはできなくても、自分の人生を認めさせるくらい。
だから母に共感できなかった。
父へのトラウマから、沙織は男性に期待が持てなかった。
男なんて、どうせ自分が大切なのだ。
外では良い顔をしても、家族には仏頂面で。
尊大でわがままで。常に上から目線なのだ、と思っていた。
前の彼もそうだったから。
でも、紀之は違った。いつも沙織を優先してくれる。
沙織が喜ぶことを喜び、沙織の嫌がることは、絶対にしない。
いつも穏やかで明るくて。
何も心配しないで、笑っていられた。
紀之は、誰に対しても謙虚で、低姿勢だったから。
どこにいても、紀之と一緒なら安心していられた。
いつも穏やかで、不機嫌になることもなかったから。
紀之を失うことを考えると、体が震えるくらい恐ろしかった。
幸せ過ぎたから。もう二度と、紀之のような人には、出会えないと知っていたから。
せめて、一日でも長く一緒にいたい。結ばれなくても。