その後、水上バスで浜松町まで戻る。船の屋上は、風が冷たくて、紀之は沙織を抱き寄せる。
「こっちから東京を見るの、はじめて。」
沙織が歓声を上げると、紀之は満足そうに微笑む。
紀之の笑顔が、もっと沙織を喜ばせる。
「船、沈んだらどうする?沙織泳げる?」
「えー。紀之さんも道づれに沈むよ。」
沙織の言葉に、声を上げて笑った後、
「春になったら、ディナークルーズしようか。もっと大きな船で。」と言った。
『春も一緒にいてくれるの。』心で問いかける沙織。
冬の午後、日の出埠頭に着く頃は、日が沈みはじめていた。
「沙織、良い物、見せてあげるね。」
ターミナルからタクシーを拾った紀之は、貿易センタービルへ向かう。
行き先に、不思議そうな顔をする沙織に、得意気に微笑む。
「何を見せてくれるの?」沙織が聞くと、
「見てのお楽しみだよ。」と笑う。
あっと言う間に着いたタクシーを降りて、紀之は展望台へ向かう。
エレベーターを降りて 西の方向。
ライトアップした東京タワーが、夕焼け空に輝く。
濃紺の空とオレンジ色の夕焼けのグラデーションに、浮かび上がるタワー。
30分遅かったら、見られない色彩。
「わあ。素敵。」窓に駆け寄り、外を見る沙織。
優しく肩を抱く紀之の腕に包まれて。
幸せ過ぎて、涙汲んでしまう。
「きれい。こんなに綺麗なんて。」
沙織が紀之を見上げると、優しく頷いてくれる。
「よかった。喜んでもらえて。」とそっと言って。
感激と感謝で、胸が熱くなって、紀之に寄り添う沙織。
『私の為に。ありがとう。』声にならない言葉を、胸で呟く。
何も言えずに、外を見る沙織の頭を、紀之はそっと抱き寄せる。
上目使いに紀之を見ると、
『キスしたい。でも今したら、止められなくなるから。』
その目が語る思いを、理解してしまう。沙織も同じ思いだったから。