その日は、紀之の提案どおり東京見物。
浅草に行き、浅草寺や仲見世を歩く。
人混みでは、沙織を守るように抱き寄せて。
「東京に住んでいると、案外、浅草とか来ないよね。」
楽しそうに仲見世を覗きながら、紀之は言う。
「うん。私、子供の頃以来かも。」
沙織も、笑顔で答える。
「これからは、色々な所に行こうね。」と、歩きながら言う紀之。
沙織の顔を見ずに。まるで、ついでのように。
沙織は、クスクスと笑ってしまう。
この人は、本当にシャイで。
甘い言葉が苦手なのだと思う。
「おかしい?」今度は、不安そうに沙織の顔を覗き込んで言う。
「ううん。嬉しい。紀之さんといると、すごく楽しいから。」沙織は、正直に言う。
紀之は、少し頬を赤らめて、肩を抱く腕に、力を込める。
『いいよ。言わなくても。私は、わかるから。ありがとう。』