混んだ電車の中でも、紀之は楽しく話してくれる。

並んでつり革につかまって。

紀之の軽快なテンポに、沙織も冗談で応える。

紀之の嬉しそうな笑顔が、沙織の心を温かく満たしていく。
 



南阿佐ヶ谷で降りた二人。

改札の手前で立ち止まる紀之に、
 


「もう遅いから、家まで送っていただけますか。」

沙織は、思い切って言ってみる。

少し恥ずかしそうな笑顔で。


紀之は、満面の笑みで、頷く。
 
「はい、もちろん。」と。



この人は、子犬のようだ、と沙織は思う。


相手を信じて、真っ直ぐ見つめる目。

話すときは、全身で相手の方を向く。

卑屈さがないのは、育ちが良いからか。



『まあいいか。私、犬派だから』ふっと微笑む沙織に、問いかけるような目をする紀之。