「お祖父ちゃんはね、お父さんのことを 可愛がっていたらしいの。ずっと小さい頃から。跡取り息子だから。お姉さん、それも気に入らなかったのかな。だから私に、辛く当たったのかもしれないわ。」
お父様の家の、仏間に飾ってある写真。
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの顔を、思い浮かべながら、お母様の話しを聞く。
「紀之が生まれた頃は、お祖母ちゃんに 色々言われて 一人で泣いたわ。でも、お父さん、優しかったの。疲れて帰ってきても、必ず私の話し 聞いてくれたし。お祖母ちゃんと私に、波風立てないように気遣いながら私を庇ってくれたわ。私も 我慢したし、一生懸命、努力もしたから。」
私は、出会った頃のお母様を 思い出す。
そんな苦労を感じさせない、毅然とした明るい人だった。
「智之も生まれて、私も廣澤家に慣れて。お祖母ちゃんにも、少しずつ認められていって。何もない時は、普通に平和だったの。」
お母様は、言葉を区切る。
その先を話す事に、軽い躊躇いを感じた。
「その頃、外交官の伯母さんは、結婚していたのですか?」
お姉様は、核心を突いてくる。
多分、興味だけでなく お母様には 話すことが必要だと思ったのだろう。
「お姉さんは、ご主人の赴任先で暮らしていたから あまり会わなかったの、普段は。色々な国に行っていたからね。女の子が一人いたの。紀之達の従姉弟。千恵ちゃん。紀之より3才上だったわ。その子が夏休みになると、毎年、里帰りするの。千恵ちゃんと二人で。」
お母様の表情は、少し曇ってくる。
「それで、軽井沢に?」私は聞く。
「お姉さんは、私のする事が全部 気に入らなくてね。今で言う “いじめ” よ。全部、やり直すの。掃除も洗濯も、料理も。お祖母ちゃんも、娘に感化されて。お姉さんがいると、私に嫌味を言ったり、意地悪するの。私だけなら我慢できるけれど、紀之や智之の事も 色々言われてね。千恵ちゃんだけにアイスを食べさせたり、大人気ないのよ。」
お姉様と私は、顔を見合わせて言う。
「ひどいわ。」
「ありえないですね。」
「私が言わなくても、紀之や智之が お父さんに言うの。それで、お姉さんが来ている間は、私を軽井沢に逃がしてくれたの。」
お父様の深い愛を感じる。
お母様を庇うだけでなく 嫁と小姑の争いを 子供達に見せないために。
「お父様、優しい。お母様がいなければ 自分も不便なのに。」お姉様が言う。
「そうよ。お父さん、優しいの。」
お母様はいたずらっぽく笑う。私達も、一緒に笑う。