「そう言えば、麻有ちゃんが苛々しているのって、見たことがないわね。」
お母様がみんなの方を見ながら、言う。
「智之も、だよね。」
お兄様に言われて、智くんと私は また顔を見合わせる。
「苛々する理由が、ないんです。」
私がそっと言うと、みんな 驚いた顔をする。
「本当に?苛々しようと思えば、いくらでもあるわよね。」
母が 素っ頓狂な声で言う。私は、クスっと笑いながら、
「心配する事は、あるわよ。子供達が病気の時とか。天気が悪い時とか。でも、苛々はしないわ。」
そう言って、智くんを見る。
智くんも うんうんと頷いている。
「こんなに恵まれた生活をしていて、すべてに余裕があって。みんなが健康で。苛々したら、罰が当たるわ。」私が言うと、
「麻有ちゃんの口癖ね、“罰が当たる” って。いつもそう言って感謝しているんだよ、毎日に。麻有ちゃんが、そういう気持ちで家にいてくれるでしょう。俺も、苛々する理由がなくなるよね。」
智くんは、最初は笑いながら、徐々に真剣に言う。
「智くんと一緒に居られるだけで、幸せだから。」
私は、智くんを見上げる。
智くんは、温かい目で、私の頭を触りながら、
「こんな可愛い奥様がいて、苛々していたら、罰が当たるでしょう。」と笑った。
智くんだから。
他の人だったら、こうは思わなかった。
私の心は、智くんの心と同じだから。
だから、いつも楽しくて 幸せで。
苛々することも、不安になることもない。
そして、この幸せを疑う事すらない毎日。
「結局、のろ気られる訳ね、二人に。」
お兄様の言葉に、みんなが笑う。
こんな素敵な家族の、愛に包まれていているから。