飴色のお茶から甘い香りがする。
湯気が立つ様子をぼんやりと眺めていると、声がかかった。
「どうかしましたか?」
ふと視線を上げれば、無表情の女性がこちらの様子を窺っていた。
「何でもないです」
私は返事をしてカップに手を伸ばした。その様子を見届けた彼女は無言で部屋を出て行く。
扉が閉まりひとりきりになると、カップをソーサーに戻し窓の外の景色に目を向けた。
部屋から続く庭は花が植えている訳でもなく殺風景だ。
そろそろ日没の時刻のようで、部屋の中にも影が差して来ている。
空にはふたつの三日月がぼんやりと現れ初めていた。
月がふたつに見えるのは、決して私が乱視だからではない。目を細めて見ても二つ仲良く並んでいる。
ああ……やっぱりここは今まで暮らしていたところじゃない。違う世界なんだ。
改めて認識して、私は大きなため息を吐いた。
三日前、歩道橋の階段から転落し気絶した私は、見覚えのない部屋で目を覚ました。
初めは誰かが助けてくれて病院に運ばれたのかな。なんてほっとしていたけれど、意識がはっきりして来ると異変に気付いた。
私のいる部屋は医療器具など何もない、殺風景な部屋だったのだ。
あれだけの怪我だったのに、点滴ひとつしていない。
病院じゃなくて、誰かの家なのかな?
それにしては家具、家電は一切ない。それに妙にくたびれた雰囲気だ。
白く塗られた壁は全体的にくすんでいるし、天井からつり下がっている照明はいつの時代のもの?って感じ。
アンティークではなく、使用期限を超えているような印象。
ここ……どこなんだろう?