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都内の一等地のオフィスビル。

たどたどしい手つきでキーボートを叩いている女性に、明るい声がかかった。

「理世、大分早くなったじゃない」

「あ……はい。褒めてくれてありがとうございます」

はにかみながら頭を下げる女性は、少女のような雰囲気の持ち主だった。

声をかけた女性は苦笑いを浮かべる。

「その話し方は変わらないのね」

「あ、ごめんなさい」

「すぐあやまる。怒ってないって言ってるでしょ? それよりもう十二時よ。ランチに行こう」

理世は時計を見ると、それから慌ててデスクの中の財布を取り出す。

「お待たせしました」

「なに食べる?」

「あの、私は何でもいいです」

「相変わらず遠慮がちね、前とは大違い」

くすりと笑った女性は、それならパスタにしようと直ぐに決める。

「もう体は大丈夫?」

「はい。皆さまによくしてもらっていますから」

「歩道橋の階段から落ちて意識不明って聞いたときは驚いたわ。しかも目覚めたらあれでしょ?」

理世は一年前に大怪我をしたが、目覚めたとき記憶はなく、妙なことばかり口走っていたのだ。

アリーセだとかベル……なんとか聞き覚えのない単語。

これは大変だとなり、退院後は一人暮らしの家から叔母の家に住まいを移した。

面倒見の良い叔母家族に支えられリハビリをし、三ヶ月前に仕事に復帰した。

パソコンの操作すら忘れてしまっていて大問題だったけれど、以前よりも根気強くなったのか、泣き言を言わず地道に練習をしている。

会社の皆も驚いたけれど、災難にあった同僚に出来るだけ協力しようとしているところだ。

「本当に酷い目に遭ったよね。辛いだろうけど私もフォローするから。困ったことがあれば何でも言ってね」

理世はポカンとした顔をしてから、控え目に微笑んだ。

「いいえ。私は幸せです。自由で皆さんが優しくて、家族がいて……ずっとこんな風に暮らしたいって思っていましたから。神様が願いを叶えてくれたのですね」




「悪役王妃の秘密」完結