『ぐうっ!』
(息が出来ない!)
なぜこんな事態になっているのか。何も悪いことなどしていない。寂しくても離れで大人しく暮らしていたのに……。
本当は皆ともっと話したかった。父親に相手をして欲しかった。そんな気持ちを隠して迷惑をかけないように、我慢していたのに。
苦痛は増し、視界が暗くなっていく。
助けが来る気配はない。父はアリーセが襲われているのに気付かないのだろうか。
(お母様もこんな風に襲われたの?)
体の力が奪われていく。
(私もお母様も悪いことなんてしていないのに……ずっと我慢していたのに)
一生懸命生きても良い行いを心がけても、我慢しても報われなかった。
そして最後はこんな苦痛の中、突然人生を絶たれるのだ。
(神様……お願い助けてください……こんな風に死にたくない。悪い人の思い通りにさせたくない)
せめて一矢報いたいと願っても、もうそんな力は残っていなかった。
(……生まれ変わったら、今度こそ自由になりたい……誰かと一緒にいたい)
アリーセの体から完全に力が抜けていく――――。
アリーセがぴくりとも動かなくなったのを確認すると、男はようやく立ち上がった。
無残に倒れる痩せた娘を冷酷な目で見下ろす。
自分の一族では最も高貴とされる銀の長い髪が、娘の顔を隠していた。
髪をかき分け死に顔を見ようとしたその時、悲痛な声が響いた。
『アリーセ!』
駆けつけたのは姉の夫だった。情けない男だが、身分だけは高い為利用出来る。
『なぜこんなことを!』
男はだらしなく泣きわめくと、娘の体を苦労して持ち上げる。
『何をする気だ?』
『直ぐに医者に診せるんだ』
ちらりと見えた娘の顔は既に血の気がなく、助かる見込みはないように見えた。
男は酷薄に笑った。
そんなに悲しむのなら、もっと早く助けに入れば良かったのに。
その勇気もなく、事が収まるのを見てから騒ぐなど……だから姉の夫は情けなく、使いやすい。
男は粗末な建物に運ばれていく娘を見送った後、その場を立ち去った。
もし娘が助かっても自分を襲ったのは誰か分からないだろう。もし騒ぎ立てても姉が黙らせる。
怖い目に遭ったのだからより一層大人しくなるだろうし、廃棄するのはもっと利用してからにした方が得かもしれない。そんな事を考えながら――――