『ご挨拶が出来ず申し訳ありませんでした』
『責めている訳じゃない。人込みに酔ってしまったのだろう? だがここは公爵家の令嬢が一人で過ごすには安全とは言えない。女官に休憩出来る部屋まで案内させよう』
『い、いえ。王太子殿下の手を煩わせる訳にはいきません。私は広間に戻りますのでどうかお気遣いなく……』

人と話すのに慣れていないアリーセがいきなり王太子と会話をしているのだ。

緊張であたふたしていると、ランセルがくすりと笑った。

『え?』
『ごめん、笑ったりして。君の態度があまりに慣れていないように見えたから』

ランセルの言葉に、アリーセは気まずさでいっぱいになった。

デビュタントの令嬢が社交界に慣れていないのは当然とも思えるが、実際は違う。

殆どの令嬢は夜会でデビューを飾る前に、母親と供に交流のある他家のお茶会に何度か参加しているものだ。自分の屋敷でのお茶会に顔を出す機会も当然ある。

だけどアリーセはそのどちらの機会も持てなかった為、経験が一切ない。

マナーの勉強は一通りしていても、実践していないのが傍から見ても分かるのだろう。

それはつまりアリーセが大切にされていない娘だと気付かれたということ……。

目を奪われる程美しく立派な王太子に、自分の情けない現状を知られたのが恥ずかしかったし、悲しかった。

落ち込んでいると、ランセルが一歩距離を縮めて来た。