――――夜会が始まったばかりのテラスに人はいなかった。
月明りのない夜の闇をテラスの端に設置された灯りがぼんやりと照らしている。
広間の大音量の音楽が、ここではかすかに聞こえるだけ。
アリーセはテラスから中庭に続く階段を下り、人目に付きづらい柱の影に隠れた。
しばらくここに居て時間を潰そう。どうせ誰からも相手にされない身。広間にいなくても問題はないし、誰も捜しになんて来ない。
孤独が身に染みてアリーセの瞳にじわりと涙がこみ上げる。その時、思いがけない声がかかった。
『誰かいるのか?』
アリーセはびくりと肩を震わせ、慌てて涙を拭う。
その間にも、サクサクと芝を踏む足音が近づいて来る。
やがてその人物の姿が灯りに照らされ、アリーセは小さく息を呑んだ。
声をかけて来たのは、驚くくらい美しい男性だったから。
深みのある金髪に、青い瞳、華やかな赤の生地に煌びやかな金銀の装飾を施したジュストコールを嫌味なく上品に着こなしている。
絢爛豪華と言う言葉が頭に浮かぶ。けれど決して華やかさだけではなく、内からにじみ出る気品を感じる。
予想もしていなかった出会いにアリーセが茫然としていると、再び話しかけられた。
『君は……今日初めて社交会に出た令嬢だね。失礼だが名前を聞かせて貰えるか』
アリーセは我に返り、深く頭を下げる。
『は、はい。私はベルヴァルト公爵の長女でアリーセと申します』
『ベルヴァルト公爵の令嬢?』
男性の声が少し変化した。
『顔を上げてくれるか?』
『はい』
『私はランセル・カレンベルクだ。ベルヴァルト公爵からは先ほど挨拶を受けたが君はいなかったな』
相手が王太子だと知り、アリーセは更に緊張しながら深く頭を下げる。