「入って」
彼女は静かに扉を開けて入室した。
ランセルが居ると知っていたのか、驚くわけでもなく私の背後に控える。
そうだ。フランツ夫人なら覚えてるかも。
「フランツ夫人、問題の夜会のことなんだけど、宰相が居たか覚えている?」
いなかったと言って貰えれば確証が持てると思った。だけど彼女は予想外の返事をした。
「はい。お見かけしました」
え、いたの?
「どこで見たんだ?」
ロウも驚いたようで直ぐにフランツ夫人に確認する。
「貴族の出入り口付近にいらっしゃいました。ベルヴァルト公爵夫人と挨拶をされていましたわ」
エルマと? ふたりは交流が有ったの? それともただ挨拶をしていただけなのかな。
宰相と公爵夫人が挨拶をしていても不自然ではないし。
「妙だな。宰相は文官に、仕事が立て込んでいる為夜会には出られないと伝え、執務室に籠っていたはずだ。ベルヴァルト公爵夫人に挨拶をする為だけに広間に行くとは思えない」
「宰相を見たのはその時だけですわ。王太子殿下が広間中央でダンスを初めて直ぐの時です。その後はお見かけしなかったので、奥に下がられたのかと」
それなら宰相は夜会の前半にほんの少しだけ顔を出して、あとは執務室に引っ込んでいたのかな?
「そう言えば、宰相が国王の私室に到着するまでにかなり時間がかかったな」
「つまり宰相は結構怪しいってことですか?」
私の問いにランセルは顔をしかめた。
「宰相は長年国王に仕えている。仕事ぶりも誠実だ。彼が裏切るとは思えない」
「でも夜会に出ていない唯一の人物ですよ」
「だからと言って犯人と決めつけられない」
「私のことは問答無用で犯人と決めつけたじゃな
いですか」
「……それに夜会には出ていたと宰相が言えばそれまでだ」
嘘をついてアリバイを作るってこと?