「今、持ってきますね。店内で待っていていただけますか?」
「あ、ああ」

 待たせていたアルトさんは、いつものようにカフェスペースには座らず、落ち着かない様子で窓の外を眺めたり、虚空を見つめたりしていた。

 ここまで挙動不審だと、ちょっと心配になってきた。もしかしたら体調が悪いのかもしれない。

「お待たせしました。はい、どうぞ」

 クッキーの包みを渡すと、何度も咳払いしてから話し始める。やっぱり風邪なのだろうか。

「こ、これを俺にくれるということは、だな。どういうことなんだ?」

 どういうことなのか、とはこちらが訊きたい。あれほど新作は一番に寄こせというから気を遣ったのに。

「ミレイさんとクッキーを作るときに、アルトさんのぶんも焼いておいたんです。昨日いろいろと相談に乗っていただいたので、お礼です」
「……お礼?」
「はい」

 アルトさんは私を見つめたまま、顔をカーッと赤くした。

「あの、アルトさん。具合が悪いなら、今日は早めに帰って休んだほうが……」
「言われなくても、そうする!」

 そう言い捨てると、アルトさんはどかどかと足音を立てながら出て行った。

「……ほんとに具合、悪そうだったな」

 でも悪いけれど、今はアルトさんの風邪よりも、ミレイさんとベイルさんのことで頭をいっぱいにしたい。ふたりのハッピーなオーラに当てられて、私の心もふわふわと浮ついていた。

「今だったらかわいいスイーツがたくさん作れそうな気がする」

 乙女の恋心を具現したかのような、チョコレートのスイーツをたくさん作ってお店に並べよう。きっとそれはほろ苦くて甘い、恋のような味がするはずだから。

 * * *

 その後、ルワンド王国には『女性が男性に告白するときには、チョコレートを渡すと成功する』という、違った形でのバレンタインが広まった。『告白するときには、手のひらにハートを描くおまじないが効く』というおまけつきで。

 お店には、気になる殿方に渡したいという、チョコレートスイーツを求めるお客さまが連日押しかけた。バレンタインが終わったあとにチョコレートが売れるなんて、意外な展開だけどうれしい。

 カカオ豆の粉末からチョコレートを作る研究も、アルトさんの協力のおかげでだんだん進んできた。これが完成すれば、トリュフや生チョコも作れるようになるから楽しみだ。

 バレンタインの日に様子がおかしかったアルトさんは、数日お店に来なかったと思ったらいつも通りの様子で現れたから、やっぱり風邪だったのだと思う。

 ミレイさんとベイルさんは、順調にお付き合いを進めている。この間は、ベイルさんの騎士団のお仕事の合間を縫って、ピクニックに行ったのだとか。
 お友達からとは言っているが、私の目にはもうとっくに、ふたりはカップルに見えている。次のステップに進む日も、そう遠くないんじゃないかと思う今日この頃だ。