「ミレイさん、大丈夫ですか?」

 デコレーションも終わり、ラッピングしたクッキーを持って、これからベイルさんにさあ渡すぞ、というとき。

 店の外にいるベイルさんを見てミレイさんが固まってしまったので、私たちはいったん扉を閉めて態勢を整えた。

「え、ええ……。でも、緊張して、息が苦しいわ」
「深呼吸してください! あと、手のひらに……」

 しまった。人の字を三回書いて飲み込むなんて方法、この世界にはなかった。

「手のひらに、なにかしら?」
「は、ハートを三回描いて飲みこんでください……。お、おまじないです」
「初めて聞いたわ。面白いおまじないね。さっそくやってみます」

 ミレイさんはゆっくりと、手にハート模様を描いて、手のひらの上の空気をごくんと飲み込んだ。

「なんだか少し、呼吸が楽になったかも。このおまじない、ほかの方にも教えてさしあげたいわ」
「そ、そうですか」

 由来のわからないおまじないが広まっていくのって、こういう原理なのかも。

「エリーさん。私、行きます」
「はい! がんばってください」

 ミレイさんが扉を開けて、ベイルさんのもとに歩いていく。私は扉の陰からふたりをそーっと見守る。この位置からだと、ベイルさんの表情はよく見えそうだ。

「ああ、ミレイさん、こんにちは。今日は俺が来る前に店に来ていたんですね」

 胸を反らした、用心棒らしい立ち方で周囲を見ていたベイルさんは、すぐにミレイさんに気付いて相好を崩した。

「は、はい……。エリーさんと一緒にスイーツを、作っていたものですから」
「え? スイーツを、ミレイさんがですか? また、どうして?」
「そ、それは」

 口ごもるミレイさんの背中に、『がんばれ!』と念を送る。

「べ、ベイルさんに差し上げようと思ったからです」

 そう言って、ミレイさんは震える手でチョコクッキーの包みを差し出した。

「俺に?」

 ベイルさんは自分を指差して、目をみはっている。

「こ、これは、チョコレートという、新作のスイーツの、クッキーなんです。外国には、女性から男性にチョコレートを渡して、愛の告白をする文化があるとか」
「愛の告白……ですか」

 さすがにベイルさんも、ミレイさんが豆知識でこんなことを言っているとは思わなかったようだ。神妙な顔で、話の続きを待っている。