「ありがとうございました。また来てくださいね」

 常連のお客さまを見送って、扉の外まで出る。名前はミレイさん。私よりふたつ上の十八歳で、貴族ではないが裕福な家庭のお嬢様だ。

「いつも厨房から呼び出しちゃってごめんなさいね。今日のスイーツも食べるのが楽しみだわ」

 栗色の髪を結い上げて、若草色のドレスと深緑のケープを身にまとったミレイさんは、スイーツの入った箱を受け取って「うふふ」と上品に微笑んだ。いつも微笑んでいるような柔和な目元と口元が、ほころぶ。

「いえ、私が楽しくてしていることですから」

 最初は『パティシエさんから直接スイーツの説明が聞きたい』ということで私に接客の指名があったのだけど、最近では私のほうから『ミレイさんが来たら教えてね』と売り子さんにお願いしている。

 菜の花を思わせるようなほがらかな人柄なので、私も緊張せずに話せるし、ただおしゃべりしているだけでも楽しい。

「ここに来ると、エリーさんとお話しするのが楽しくてつい長居しちゃうのよね。まだスイーツが家に残っているときなんて、父や母に『なにかお使いものない?』なんて訊いたりして」
「うれしいです。私も、ミレイさんが来てくださるのが楽しみで……。スイーツ以外の普通のおしゃべりをしているのも楽しいんです。歳の離れた弟妹しかいなくて、同じ年頃の友達がいなかったものですから」
「まあ、そうだったの。それで、年下なのに落ち着いていらっしゃるのね」

 落ち着いて見えるのは別の理由なんだけど、ミレイさんはいたわるような優しい笑顔を私に向けてくれた。

「店主が、お客さまとのおしゃべりを楽しみにするなんて、スイーツの店としてはダメなのかもしれないのですけど……」

 そう、自嘲するように告げると、ミレイさんは「あら、違うわよ」と目をぱちぱちさせた。

「年頃のお嬢さんはみんな、話し相手に飢えているの。貴族の方だと、サロンみたいな集まりがあったりするんでしょうけど、私のような中産階級ではなかなか……。だからみんな、話題の店があると出かけていくの。その店で顔見知りと会えば、お話もできるでしょう?」

 確かに、同じ年頃のご婦人がいつまでもお店の中でおしゃべりをしているのをよく見るし、若いご令嬢がカフェスペースに座ってお茶することもある。ちょっと違うけれど、日本で町医者がお年寄りたちの社交場になっているのと同じような感じなのだろうか。

「なるほど、それでうちの店は女性のお客さまが多いんですね」

 もともとスイーツは女性が好むものだからと気にしていなかったが、そういうからくりだったのか。

「ええ。私たちは暇を持て余しているから、隙があれば出かけたいのよ。でも、用事もなく街に出るなんてできないでしょう? だから、スイーツを買いに行くっていう大義名分があると助かるの」

 そのへんはやはり、日本女性と違って不自由なんだな。そうか、サロンのようなお店にするというのは考えつかなかった。