「え、そ、そうですか?」
「外国の本で作り方を学んだと言っていたが、王宮料理人でも手こずっている翻訳で、ここまでたくさんのレシピを覚えられたのも不思議だな」
「そ、それは。ええと」

 前世の記憶があるなんて打ち明けたら、変人扱いされるかもしれない。もしくは、研究者の実験体にされるかも……。

 しどろもどろになりながら言い訳を探していると、アルトさんがふっと微笑を浮かべた。

「まあいい。今日はいい光景が見られたんだ。野暮なことは追求しないでおいてやる」

 その視線の先に目をやると、穏やかな笑顔を浮かべながらお茶の時間を楽しむ騎士さんたちの姿があった。ミスマッチだと思っていた庭園の風景も、今は違和感がない。

「エリーちゃんのスイーツのおかげだな。我々の頼みをきいてくれて、本当にありがとう」

 ベイルさんが下げた頭を、私は胸がいっぱいになりながら見つめていた。

 * * *

 その後、ルワンド王国では『三時のおやつ』が広まって、庶民の間でもお茶の時間がブームになった。騎士団でも毎日お茶の時間を設けて、メンバーの仲も改善したらしい。

 手書きレシピをいくつか王宮料理人さんに渡してもらったから、騎士団にもきちんとスイーツが行き届いているみたいだ。稽古終わりに酒場に出かけていた騎士たちが、今では宿舎で紅茶とスイーツを囲んでいるんだとベイルさんに聞いたときには、思わず頬がゆるんでしまった。

 これで依頼は完了したし、もうアルトさんやベイルさんと関わることもないな、と思っていたのだが……。

「な、なんでこんなところにいるんですか」

 いつも通り配達に出かけようとしたら、集合住宅を出た瞬間にアルトさんがいた。玄関口のすぐそばで、壁にもたれて腕を組んでいる。

「俺は王子だぞ。お前の住んでいるところくらいすぐに突きとめられるさ」
「そ、それはそうですけど。どうしてここにいらっしゃったんですか。護衛もつけないで……」
「お前もベイルと同じことを言うんだな。口やかましいのがまたひとり増えたか」

 くっくっと愉快そうに笑うアルトさん。事情がわからない私は困惑するしかない。

「見せたいものがあるんだ。今から、ついてこられるか?」
「お届け物が終われば……」
「わかった。ここで待っている」

 下町の道端で、王子を待たせるなんて!
 いつもよりスピーディーに配達をこなして、私は息を切らせながらアルトさんのもとに戻った。

「お、お待たせ、しました……」
「早かったな。じゃあ行くか。馬車は呼んである」
「行くってどこへ……」
「説明するのが面倒だ。着けばわかる」

 まったく、この王子は……。でも、待ってくれるようになっただけ進歩かな、と思って私は馬車に乗り込んだ。