* * *

 それから、一週間後。

「エリーちゃん! この間作ってもらった『スイーツ』、すごくおいしかったわ! あの、ナッツが入ってる長方形のやつ。なんていったかしら……」

 お願いされたスイーツ――今日はブルーベリーマフィンだ――を届けに行く途中、通りで顔見知りのおばさんに声をかけられた。

「パウンドケーキですね」

 パウンドケーキの型なんてもちろんないから、厚紙を切り貼りして作った。これも、牛乳パックの型でケーキを焼いていた記憶が役に立った。

「そうそれ! 今度はナッツ以外で、また作ってほしいわあ」
「もちろんです。ドライフルーツを入れてもおいしいんですよ」
「ああ、素敵ね! 用意しておくわ」

 建物一軒分歩くと、また違うおばさんに声をかけられる。

「エリーちゃん! 先日受け取った『クッキー』、子どもが大騒ぎしてほとんど食べちゃったのよ~。また同じのを作ってくれないかしら」
「いいですよ。じゃあ今度は、お子さん用のは動物の形で作ってわけておきましょうか」
「え、そんなことできるの? いいわねそれ、助かるわ」

 近所の人ほとんどがお得意様になってしまった今、外に出てもなかなか目的地に辿りつけない。今度からは、市場が混む時間帯は避けて夕方に届けたほうがよさそう。

 いろんな人に挨拶しながら歩を早めていると、通りの先で景色を見ている男性に気がついた。ガス灯に背中を預けて、足を軽く交差している。

 ――誰だろう。ご近所みんなが顔見知りな下町で、一度も見かけたことのない人。

 金色の髪はさらさらなびいていて、前髪の下の白皙の肌はまったく日焼けしていない。
 服装はロイヤルブルーのフロックコート。このへんの労働者はフロックコートなんて着ないから、珍しいといえば珍しい。

 長身のその人がやたら目を引くのは、服装だけではない。ものすごく美形なのだ。
 切れ長の瞳にすっと通った鼻筋。彫刻のような顔立ちは気品すら漂っているのに、どこか飄々とした印象があるのは、好奇心いっぱいにきょろきょろ動いている瞳と、楽しげに微笑んでいる口元のせいだろうか。

 どこかで見たような気がするし、巡業している舞台俳優さんだったりするのだろうか。立ち姿も、なんとなくキザだし。

 じろじろ観察しすぎたせいだろうか。男性がふいにこちらを向いた。長いまつげに縁どられた宝石みたいな青い瞳と、目が合う。

 男性はにやっと笑うと、長い脚を大きく動かして、つかつかと私に向かって歩いてきた。

「えっ、えっ」