勝負が始まると誰も口を聞こうとしなかった。


駒が将棋盤をさす音だけが響いていた。

「…」

ふと隣にいるサキに目をやるとサキは大きな目に涙をいっぱいに溜め、両手を体の前で握りしめていた。


なぜか昔のことが思い出された。

市の将棋大会で初めて優勝した時の親の喜ぶ顔、友達の尊敬の眼差し、

思えば誰かのそんな顔をもっと見たくて将棋のプロを目指すようになった、

奨励会に入ってからいつしかそんな気持ちを忘れていたんだ、

もう一度あの時の気持ちを持って

こんな風に戦えれば…



「くぅ…」


対局が始まって二時間、四宮が初めて声を出した。


「…お前、なんでこの将棋をさっき出さなかったんだ…?」


「…たぶん今出し方が分かったんだ」


そう答えると四宮は静かに握っていた駒を置いた



「オレの負けだ」