そこで俺は、ブラッドさんとムニンのやり取りを思い出した。
 
フォルティスは村を守るために、スカーレットさんとムニンを切り捨てた。しかしそのせいで、スカーレットさんは命を落としてしまった。

ムニンは自分が生まれてしまったせいで、スカーレットさんが死んでしまったと後悔していた。

あの時もしかしたらブラッドさんは、狼人族の長であるフォルティスとムニンのために、力を振るっていたのかもしれない。

それは二人にこれ以上、後悔をさせたいため。

そしてムニンには前に一歩踏み出す勇気を与えるため。
 
だってブラッドさんは誰よりも、後悔し続けて生きていく重みを知っているから。
 
「だからブラッドはいつも、誰かのために己の力を振るってきたんだ。自分と同じ人たちや、同じ痛みや苦しみを抱えた人たちを、一人でも多く救えるようにと」
 
アルさんはそう言うと立ち上がり、優しく微笑みながら俺を見下ろした。

「そんなブラッドを俺は誇りに思うよ」

「……アルさん」
 
その言葉からアルさんが、どれだけブラッドさんを心から信頼しているのかが伝わって来た。

それはずっとブラッドさんの生き様を側で見守り続けてきたから。

他の誰よりもブラッドさんの事を分かっているからなんだ。

「俺がブラッドについて話せるのはこれくらいだ。後は直接あいつから聞くんだな」
 
その言葉に俺は小さく頷き、額に当てていた布を取って立ち上がった。
 
そしてテトの言葉が蘇った。

【アレス、用心しなさいね。簡単にあの人は、信じない方が良いと思うのよ】
 
テトの言う通り、本当ならブラッドさんを信用しない方が良いのかもしれない。

でも今のアルさんの話を聞いて、俺の中では既にブラッドさんを疑う事が出来ないでいた。

「……悪い、テト」
 
テト、俺はブラッドさんが悪い人には……とても思えないよ。

そう心の中で呟きながら、俺は先を歩くアルさんの背中を見つめた。