プリンセスストロベリーの憂鬱

何がと聞く前に、夏恵はスカートの裾をつまむと、上に持ち上げた。


「なっ!」


目の前が銀色になった。

真っ白の面積の少ない生地に描かれた苺の模様。

そればかりか、生地に包まれたなだらかな曲線を描いた形の良いヒップも見てしまった。


「苺のパンツ見せてあげるって約束してたもんね」

「バカかー!もっと恥じらいを持て!」


思わず夏恵の頭を叩いていた。


「痛い〜」
「ったく。教室戻るぞ」

「何も叩かなくても良いじゃん。
パンツのないやつも見たことあるくせに」


「夏恵!」


夏恵は笑いながら教室に戻って行った。


オレが教室に入ると、何故か先程の明るい表情は消えて、朝と同じ顔で外を見ていた。


何を考えているかなんてその横顔からは分からなかった。
季節は春から夏に変わって生徒達も衣更えで薄着になった。


夏恵は傷が堪えなく、酷い時は長袖のカーディガンで傷を隠して来た。


先生方の間でも、夏恵の傷のことは話題になっていた。

何度も保健室に呼ばれて、事情を聞かれていた。


「朝霧先生は鷹司さんの怪我については何か聞いてますか?」


保健医に聞かれたが、果たして答えても良いものかと悩んでしまう。


「鷹司は何か言ってるんですか?」
「家で転んだとか、料理中に火傷したとかしか言わないんです。

でもどうみても虐待を受けてるとしか思えないんです」


保健医にこのまま黙っているとは言えないと思い


「保健室の方でお話しします」


保健室に移動して保健医に夏恵の家の説明をした。


「そうですか…でも、あれは異常です。先生、家庭訪問にいらしたらいかがでしょうか?」
「そうですね。近い今日の放課後にでも行ってきます」


家庭訪問は4月の始めるに行ったばかりだが、見逃してばかりもいられない。



仕事がなかなか片付かず、夏恵の家に着いたのは8時を回っていた。

遅くなってしまったが、連絡は入れてあるから大丈夫なはずだ。


「相変わらずデカイ家」


最初着た時も思ったが、同じことを思う。


純日本の家屋。家と言うより屋敷だ。
「こんばんわ。○○高校の朝霧と申します」


店の方からではなく玄関の方から挨拶するが、誰も出てこない。


もう一度、声をかけると従姉が出て来た。

どこか焦っているようだ。

「智和くん、ナツメが、夏恵がいないの」

「は?」

「家の中を探してもどこにもいないの?」


従姉は今にも泣き出しそうな顔をしている。


「バイトではないんですか?ケーキ屋に連絡は?」

「今日はお休みなの。学校からは帰って来たのに、食事を部屋に運んだらいなくて」

「夏恵、鷹司は家族と食事をしないんですか?」
彼女がいないと言うより、彼女が部屋で食事をしているということが気になった。


「お祖父様のご命令で…。あの子もそれが良いって」

従姉の目から涙が零れた。

従姉だって本当なら家族で食事をしたいはずだと思う。

障害は家族の中にいるのが辛いのだろう。


「お母さん、夏恵は何処に行ったの?」


奥から小さな男の子が出て来た。

夏恵の弟だろう。


「お部屋に行ってなさい。琴弥(ことや)」


従姉は涙を拭って息子に言うが、琴弥は聞き分けなく母親の服の裾を引いた。
「夏恵は何処行ったの?あれ?だれぇ?」


琴弥の目がオレに向いた。

弟は従姉に似ている気がした。


「お姉ちゃんの学校の先生よ」

「ふーん」


好奇心溢れた目から興味が薄れて行くのが分かる。


「夏恵の部屋に行っても良い?」

「だめよ。お姉ちゃんの部屋は大事なものが沢山あるから」

「おじいちゃんは入って良いって」

「それでもダメよ。女の子の部屋に無断で入るのはいけないことなの」
生徒の家族も知ることが大事だと尊敬する先輩教師が教えてくれた。


夏恵の身に何が合ったかを見抜こうと目をこらす。


「お母さん、鷹司さんの部屋を見せてもらってもよろしいですか?」

「ええ。中にどうぞ」


中に入り、夏恵の部屋に案内された。

家の一番奥。

日の当たりの悪い部屋が夏恵の部屋だと言う。

家主はいないが一応断って扉を開けた。


小さな4畳程の小さな部屋。

小さなテーブルが一つ。

部屋の角に綺麗に畳まれた布団。