「え、大丈夫ってなにが?」

「画面とか割れてない?」

「ああ、平気だよ」

俺はホッと息をつく。

大丈夫?って聞かれた瞬間、自分の病気のことを勘づかれたと思ってしまった。

落ちたのがスマホでよかった。痺れているのが足だったら、確実に俺はまともに立てなくなっている。そういう姿を汐里には絶対に見られたくない。

「はい。スマホ」

「うん。サンキュ」

スマホを受けとる瞬間に、汐里の手に触れた。

自分の手の感覚がなくなっても、彼女の温もりだけは覚えていたいと思う。

それから俺たちは外灯が少ない夜道を歩きだした。


「定食屋ってどんな客がきたりすんの?」

「今の時間だとサラリーマンが多いかな」

「声とかかけられない?」

「そういうキャラでもないから」

……なにを言ってんだ。汐里は俺が今まで見てきたどの女よりも可愛い。

だから、すぐに目をつける男が俺以外にも現れるだろうなと思う。

汐里が他の誰かのものになるのはイヤだけど、同時に安心もするかもしれない。

汐里が幸せならそれでいい。

だって俺は、汐里に与えることよりも、きっと奪うことのほうが多くなってしまうから。  


「ここで大丈夫。そこを曲がればすぐに家だから」

汐里が曲がり角の手前で足を止めた。

「なあ、日曜ってバイトってある?」

「ううん。今週の日曜は珍しくシフトは入ってないよ。なんで?」

「その日だけ、汐里の時間を俺にくれない?」

どんなに想いを強くしても、彼女に届いてはいけない。それでも、せめて思い出だけは心に色濃く刻んでおきたいと思った。


「なんにも考えないで俺と遊んでよ」

俺の真剣な瞳を見て彼女は「少し時間をちょうだい」と言った。

そして嬉しい返事をくれたのは、約束の前日だった。