「早く飯食わないと、昼休み終わるぞ」
俺は先ほど買ったパンを袋から取り出した。
「弁当なんて珍しいじゃん」
汐里はランチケースから小さな弁当箱を広げていた。中身は卵焼きにウインナーとハンバーグ。白米には野菜ふりかけがかけられている。
「ちょっと節約しようと思って」
「全部、汐里が作ったの?」
「そうだけど、作ったってほどじゃないよ。ハンバーグは冷食だし」
「でもなんかすげえ。売ってるやつみたい」
「はは、大袈裟だよ」
汐里は卵焼きを俺に分けてくれた。甘さ加減がちょうどよくて、彼女の手作りだと思うとすぐに飲み込んでしまうのがもったいないと感じるほどだった。
……こんな風になにも考えずに、ずっと一緒にいられたらいいのに。
そんなことを思っている中で、ふと彼女の親指が目に入る。
血は出ていなかったけれど、爪には歯で噛んだ跡がくっきりと残っていた。
俺の視線に気づいたのか、汐里は親指を隠した。
「晃が言ってたとおり、たぶん癖になってるんだろうね」
自分の気持ちを外に吐き出せないぶん、汐里は爪を噛むことで葛藤を押し込んでいる。
きっと母親の前でも心配をかけないように頑張っている姿が目に浮かんできた。
「……なあ、俺がこんなこと聞くのはおかしいし、聞いちゃいけないのかもしれないけど……」
「なに?」
「ちゃんと生活できてんの?」
汐里たちへの慰謝料や養育費がどうなっているのかは知らない。
ただ、うちの生活費だけではなく、俺の治療費も一彦さんが払ってくれているから、そういう理由で汐里の生活が大変になっているのだとしたら……後ろめたい気持ちでいっぱいになる。