クロエは、腕に痕が残るのではないかと思うくらい強く腕を引かれ、コンラッドの部屋に連れ込まれた。
侯爵の前ではクロエをかばおうとしていたコンラッドだが、クロエが頑なに彼を受け入れない姿勢を続けると、やがてクロエに対して怒りをあらわにした。
学園でも時たま見かけた、子供じみた癇癪だ。

「なぜだ、あんなに良くしてやったろう。どうしてそんな嘘をつく」

「嘘だと思うのなら、あなたは私を愛してはいないのでしょう。私の言うことが、信じられないのですから」

クロエの反論にムッとするコンラッド。奥歯をギリギリと噛みしめていて、爆発寸前なのが見て取れた。
先ほど侯爵から叩かれた頬の痛みもひいてはいないが、もう一発くらいは覚悟しなければならないかもしれないと、クロエは考える。

「信じてはならないことだからだ。嘘でなければおかしいだろう? 俺が誰の子だというのだ」

「それは……マデリン様にお聞きになってください」

――ダンッ。

壁を叩く固い音に、クロエは一瞬、体を震わす。コンラッドの目は、血走っていた。

「知っていることを言えと言ってるんだ!」

クロエは、彼から目をそらさずに、ゆっくり込みあがった唾を飲みこんだ。
いくらコンラッドの武芸の評判が悪くとも、男の力にクロエが適うわけはない。
恐ろしくないと言えば嘘になるし、心臓は恐怖で早鐘を打っている。