クロエが紅茶を嚥下したのを、アンスバッハ侯爵もコンラッドもしっかりと見ていた。
彼女はカップをゆっくりとティソーサーに戻し、終わりを受け入れるべく目を閉じた。
しかし、一向に体調に変化はやってこない。

「なぜ、……死なない?」

侯爵にそう問われ、クロエはこちらが聞きたいくらいだ、と思った。
王家の血を引かないコンラッドに嫁いで、簒奪者の身内に入るよりは、このまま死んでしまった方がイートン伯爵家のためになる。
その覚悟を持って、クロエは紅茶を飲みほしたのだ。毒が入ってなかったなど、こちらの方が拍子抜けだ。

「伯父上。脅しだったのですね?」

コンラッドだけが、あからさまにホッとしたように言い、クロエのもとへそっと駆け寄る。

「クロエ嬢。私を選ぶんだ。伯父上は二度は許してくれない」

「コンラッド」

これまでとは打って変わった威圧的な声で、アンスバッハ侯爵がコンラッドを押しのける。対峙したクロエの顎を掴み、強引に上げさせた。

「いたっ」

「お前は、なにを知っている」

「……侯爵がご存知ないとは思っていませんでしたわ」

カッとなった侯爵はクロエの頬を強く叩く。反動で床にしゃがみこんだクロエに、コンラッドが駆け寄った。
けれど、「触らないで!」と強く拒否反応を示したのはクロエだ。

「コンラッド、彼女を閉じ込めておけ。絶対に出すな。イートン伯爵から問い合わせがあったら、急病で預かっていると伝えておけ」

命令口調にコンラッドは不審に思う。
先ほどまで、伯父は王として自分を立てると言っていた。へりくだった態度で、なにをするにも命令ではなく意向を窺っていたはずだ。

「伯父上?」

「最後の最後で身内にたかばられたとでもいうのか……! マデリンに会ってくる」

怒りに満ちた形相で、彼は部屋を出ていく。
コンラッドはわけが分からないまま、呆然と見送っていた。