「いい風ね」
この風ならば航路も順調だろう。嬉しさから呟きが零れた。
「これならロクサーヌまで二日とかからないでしょうね」
独り言のはずが、見張り台にいた船員は律儀に答えてくれた。彼とはカルミアがまだ父に連れられ、ラクレット家のお嬢様として乗船していた頃からの付き合いだ。彼の出身もロクサーヌなので、故郷を懐かしく思う気持ちは同じなのかもしれない。
しかし彼は景色を楽しみに来たカルミアと違って点検の最中だ。邪魔にならないよう心がけていたのだが、つい嬉しさに声が出てしまったらしい。
「お嬢様はこの場所がお気に入りですね」
「もちろんよ。自慢の船と、自慢の家族を一望出来る場所ですもの」
カルミアは両手を広げて宣言する。カルミアにとって同じ船で働く船員たちは部下であり、家族のような存在だった。
「これはこれは。お嬢様は嬉しいことを言ってくれますね」
実際、家族よりも共に過ごした時間は長いかもしれない。
ラクレット家の人間はみな、なんらかの仕事に興味を持ち、仕事に生きることが宿命のように子へと受け継がれているのだ。
しかし両親がカルミアに家名を押しつけたことは一度もなかった。幼い頃から仕事に触れさせていたのは選択肢を与えるためで、最後はカルミアが好きな生き方を選べばいいと、口癖のように言ってくれた。
そんな両親をカルミアは尊敬している。だからこそ同じ道を歩みたいと望むようになったのかもしれない。
けれど年頃になれば想像をすることもある。
もし、同い年の子たちのように学校に通えていたら?
それはカルミアが捨てた選択肢の一つ。
たとえばこれから向かうロクサーヌには全魔法使いたちの憧れ、魔法教育の最高峰、アレクシーネ王立魔法学園が建っている。王都は学生の街としても有名だ。 今日も大人たちに囲まれ、難しい商談を進めた。
いくら名家の娘とはいえ、年齢のせいで舐められることも多い。
今日のように上手くいかないこともあるだろう。
そんな時、ふと考えてしまう。