「引き続き、誠心誠意務めさせていただきます」

 結局、カルミアは今日も厨房に逃げ帰る事しか出来なかった。これがカルミアに出来た唯一の返答だ。

(悔しい! この私が! カルミア・ラクレットが! 仕事が遅いと催促されているなんて!)

 確かに学食は繁盛している。これは学食に派遣された人間にとっては喜ぶべき成果だろう。しかしカルミアが雇われた本当の目的は別にある。そちらは未だ解決の糸口さえ見いだせていなかった。

「あ! カルミアさん、お帰りなさーい」

 厨房に逃げ帰ったカルミアを温かく迎えてくれたのはロシュだった。座ったままではあるが、ひらひらと笑顔を添えて手を振ってくれる。それだけで荒んだカルミアの心は癒されたようだ。
 感動に浸っていると、ベルネから水の入ったコップを差し出される。

「たく、人の世話ばかりやいてないで自分も少しは休憩したらどうなんだい。ずっと働きっぱなしじゃないか」

 喧嘩越しのような物言いに、そっけない差し出し方ではあるが、カルミアにとってはこの上なく優しい仕草に映っていた。

(ここに潜入させられた時はどうなるかと思ったけど、ロシュは心の癒しだし、ベルネさんも根は良い人だし、なんとかやっていけそうね。頼もしい二人だわ。でも……)

 心のどこかでは、そこにいるのが長年連れ添った家族とも呼べる『彼ら』ではないことに寂しさを感じていた。

 目が眩むような太陽の光。
 澄み渡る空に吹き抜ける潮風。
 海の青さに心地の良い波音。

 そのどれもが、ここには存在しない。

(何を弱気になっているのかしら。ちょっとリシャールさんに嫌味を言われたくらいでホームシックなんてね) 引き受けた以上は立派な仕事。育った環境のせいもあり、契約破棄はカルミアが最も嫌うところだ。

(しっかりしなさいカルミア! 私はカルミア。カルミア・ラクレット。船の上で生まれ、船の上で育ったラクレット家の女。一日も早く元の姿に戻るのよ!)

 そのためにはリシャールから任された仕事を完遂させなければ。
 カルミアは意気込むが、まずは目先の仕事が最優先だろう。視線の先では使用済みの食器が山となっていた。明日の営業のためにも速やかに片付けなければならない。

(場所は変わっても大量の洗い物が出るのはどこも同じよねえ)

 賑わいの絶えない船での生活を思い出す。
 ほんの一週間ほど前まで、カルミアにとっては船の上で過ごすことが日常だった。