グラタンからはほくほくと湯気が立ち上り、とろけるようなチーズの香りがフロアに漂う。

「冷めないうちに召し上がって下さい」

 カルミアが勧めると、リシャールは待ちかねたとばかりに手を伸ばした。その動きに迷いはなく、自分の料理が信頼されているのだと思うと嬉しかった。
 リシャールがフォークを差し入れると、グラタンの中からパンが顔を出す。

「これは、中にパンが入っているのですね」

 グラタンはこの世界でも一般的な料理ではあるが、パンを入れるという手法は珍しい。初めて目にしたであろうリシャールは興味深そうに食べていた。

「こうすると、硬いパンでも美味しく食べられるんですよ」

 しっとりと柔らかく、まるで別の物であるかのように食べやすくなっているはずだ。

「さすがカルミアさんですね。とても美味しいです」

 リシャールは本当に美味しそうに食べてくれる。その姿があまりにも上品で見惚れていたカルミアだが、はっとして我に返った。

(……て、何を現状に流されているの! それよりも何よりもまずは聞くべきことがあるじゃない!)

「リシャールさん。お食事中失礼します。実は一つ訊ねたいことがありまして。私は本当に、本当の本当に、こちらで働かせてもらってよろしいのでしょうか。そして今後もここで働いていくのでしょうか!?」

 潜入先が学食で本当にいいのか。
 潜入先がなくなりそうだが、今後もここで働くことに間違いはないのか。

 ロシュがいるのですべて語る事は出来ないが、おそらくリシャールには伝わっているはずだ。現にリシャールは困惑せずに答えをくれる。

「はい、間違いはありません。カルミアさんをここに推薦したのは私なのですから」

(やっぱり……)

「カルミアさんならきっと、私の期待に応えてくれると信じていますよ」

 いよいよ逃げられないばかりか、とんでもないプレッシャーを与えられてしまった。

(つまり学食(ここ)で働きながら密偵の仕事をこなせっていうのね。わかったわよ。やってやるわよ!)

 そうと決まればカルミアが取るべき行動は決まっている。ちょうど校長の許可も得たところだ。

「ロシュ、お客様は頼んだわ。私は少し席を外させてもらいます」