よってカルミアは決意した。ここが乙女ゲームの世界であることは秘密にしておくと。
 頭突きだけならまだしも、相手が悪かったのだ。

(何が気軽にオズと呼んでくれよ! 私知ってるのよ。貴方が本当は王族で、将来はこの国を背負う人で、本名オズワルド・ロクサーヌだってことをね!)

 身分を隠しているが、オズはれっきとした王子である。

(攻略対象、しかも王子相手に頭突きをお見舞いするなんて、何してるのよ私は!)

 つまりカルミアがラクレット家の令嬢であることがばれたなら。

(ラクレット家の娘が王子に頭突きをかましたとして社交界で笑いものにされるわ! そんな不名誉な称号いらない!)

 パーティーで見かけたことはあるが、これまで個人的な交流がなかったことは幸いだ。なんとしても素性は隠し通さなければ。

「ははっ、君って結構な石頭なんだね」

 朗らかに笑うオズに悪意がないことはわかっている。だがしかし怖い。怖いものは怖い。

「お礼、お礼をさせてください!」

 お礼というよりカルミア的には罪滅ぼしである。しかしオズは持ち前の人の良さで断ろうとしていた。

「いいよそんなの。俺は当然のことをしただけで」

「私の気が収まらないんです。お願いします。どうかお礼をさせて下さい!」

 カルミアは早口で言い募る。賄賂とはいわないが、せめてこれで不問にしてもらいたい。何かしなければ気が済まないのだ。

「食事をしに来たと言ったわね? なら、今日は私にご馳走させて。ロシュ、この方のお代は私に請求するように」

「わ、わかりました。では本日のメニューを用意しますね」

 カルミアの気迫に押されたロシュが頷く。そして注文も聞かずに厨房の方へ向かおうとしていた。

「ちょっと待って! もしかして、本日のメニューってあれ? あれを提供するの?」

「はい。あれです」

 ロシュの返答からはやるせなさが滲み出ていた。

「えっと、今日のメニューはもしかしてパンとスープかな?」

 オズは的確に言い当てる。この口ぶりからしてメニューにはバリエーションはないことが判明した。それと同時にオズもあまり快く感じていないことが伝わってくる。

「あれでお金を取ろうなんて……。ねえ、それなのにどうして? どうしてオズは学食に来たの!?」