(うっ、見つかった!)

 すぐに厨房に戻っていれば見つからずに済んだのに。さらに言えば微笑み返してなどほしくはなかった。

(皿だけ置いて逃げたいわね。けど思いっきり微笑まれているし、見るからにお昼のピークも過ぎてる。ここで挨拶もなしに立ち去ったら印象が悪いか……)

 仮にもここでは雇い主と働き手という立場。自分は雇われた人間だ。
 本来、料理は提供口まで各自取りに来てもらうことになっているのだが、カルミアは席まで届ける覚悟を決めた。

「お待たせしました。ご注文の日替わりプレートです」

「すみません、わざわざ席の方まで。ありがとうございます」

 本を置いて立とうとするのを制したのはカルミアだった。

「いえ。私が勝手にしたことですから」

 手元に見えた本は古代の文字で記されていた。カルミアとて教育は受けているが、これを読める者は国内でもほんの一握りの人間だ。それも相当の教育を受けていなければ習得することは難しい。これを辞書もなしに読めてしまうのだから感心する他ないだろう。

(さすがは魔法教育の最高峰、アレクシーネ王立魔法学園の校長リシャールね)

 国内、そして国外において、魔法に携わる人間であれば学園の名を知らぬ者はいない。
 その校長ともなれば生徒だけでなく教職員からも尊敬を集める存在だ。知識、魔法の実力ともに、王国に仕える魔法使いを覗けばトップクラスの実力者となる。しかもリシャールはその偉業を二十五歳という若さで成し遂げたのだから凄まじい。
 そんな偉大なる人物が、目の前でカルミアの作った料理を食べようとしていた。

「確か今日の日替わりはハンバーグでしたね。メニューを見て以来、楽しみにしていたんですよ」

 そして昼食について和やかに語っている。

(どう見ても優しいお兄さんよね。こんな人がラスボスだなんて、私だってゲームの知識がなければ信じられなかったわ。そして出来れば知らないままでいたかった!)

「ありがとうございます。期待に沿えるといいのですが……」

「期待以上でしたよ。このソースの香りだけで食欲がわいてきます。それに目玉焼きを添えるというアイディアや、盛り付けも華やかで素晴らしい」

「ありがとうございます。では冷めないうちに召し上がって下さい」

 ここでカルミアは一礼して厨房へ戻るはずだった。しかし呼び止められたことで機会を逸してしまう。