もちろん仲間に出来ればの話ではあるが、断られたところでラクレット家の人間が国の不利益になる行動をとるとは考えにくい。リシャールはそこまで計算してカルミアを密偵候補に選んだ。彼の仲間を選ぶ目は確かなようだ。

「そ、そうねえ……」

 一方カルミアにとってもリシャールからの申し出は願ってもないことだった。何を隠そうアレクシーネ王立魔法学園は制服が可愛いことでも有名なのである。

 余談ではあるが、カルミアは苛烈な見た目、振る舞いに反して可愛いものが大好きだった。
 たとえば部屋には大量のぬいぐるみを置き、ああ可愛いと眺めては撫でまわすような。
 もっとも船長室ではそのような素振りを欠片も見せはしない。あくまで本邸の私室に限った話である。

(もし潜入なんてことになったら当然制服を着ることになるのよね? 潜入なんだから、仕方のない事よね。別に私がどうしても着たいと主張したわけじゃないのよ。でも潜入捜査なんだから、生徒たちの中に混ざるためには着るしかないわよね!?)

  仕事一筋十八年。潜入捜査とはいえ、憧れの学園生活が目の前にちらついている。
 リシャールからの誘いにカルミアの心は早くも揺れていた。それはもうぐらぐらと。

(ち、違うわよ!? リシャールさんの話が本当だとしたら、私だってロクサーヌの民として放っては置けないんだから。学園は国の要、適当な人間が校長を務めていい場所じゃないわ!)

 しかしカルミアは悩んでいた。なぜならここがカルミアの生きる場所だ。
 だからあと一押し。決定的なものが欠けている。

「リシャールさん。私の力を買って下さることは素直に嬉しく感じています。王国に生きる民として、ランダリエの子孫としても、放っておくことの出来ない事態が迫っていることも理解しました。けれど私は密偵ではありません」

「わかりました。では交渉を」

 リシャールは引き下がらないどころか、カルミアが望んでいた答えを容易く引き当てる。そして口ぶりからはカルミアを頷かせるための武器があることを感じさせた。