ロシュとはこの店を紹介した時に退職について話していた。毎日のように仕事にあたるロシュとはもう話すことは難しいと思っていたのだ。

「ベルネさんたちにはもう会ったんですか?」

「ベルネさんにはここに来る前に会ってきたわ。食堂で上手くやっていたわよ。ドローナとは授業の前に話せたし、ロシュにも会いたくて」

「嬉しいです! でも、寂しいですね。僕、またカルミアさんと一緒に働けるって楽しみだったので……」

 しゅんとロシュの目尻が下がった。

「ありがとう。私も短い間だったけど、刺激的で……とても楽しかったわ。ロシュには本当にたくさん助けられた」

「僕は何も!」

「そんなことないわ。ロシュがいなかったらベルネさんと上手くいかなかったと思うのよね」

 最初のころを思い出してひとしきり笑いあう。ベルネが聞いていたら目をつり上げて怒りそうだ。けれど賑やかな空気はすぐに消えてしまう。

「なんだか、みんなばらばらになってしまったみたいですね」

 カルミアが言えなかった本音をロシュは簡単に口に出来てしまう。彼の素直さが羨ましかった。
 憧れるだけではなく、自分もほんの少し素直になってみようか。

「私も寂しいわ。こんなにも大切な場所になるなんて思わなかったから」

 与えられた仕事のはずだった。それどころか最初は嘆いていたはずだ。それが今となっては空色の制服はカルミアの大好きな制服になった。
 これが永遠の別れではない。でもロシュの言うように、あの日と同じ学食は存在しない。どうしたってそこにカルミアの姿は存在しないのだから。
 いくら言葉を重ねても、ロシュの寂しそうな顔は最後までカルミアの心を揺らしていた。

 船へと近付くほど、カルミアには躊躇いが生まれていく。ずっと誰かに呼ばれているような気さえする始末だ。

(そんなはずはない。私はこれでいい……)

 まだ悪役令嬢であることを思い出す前、必死に自分へと生き方を言い聞かせていた時と同じだ。まるで他の生き方があるかのように思えてくる。

(考えたってしょうがない。船に乗れば忙しさに紛れて忘れてしまうわ)

 カルミアは慣れ親しんだ海の香りに険しくなっていた表情を改める。戻ってきた船長が笑顔でなければみんな心配するだろう。
 呼び止められるような後悔には、もう目を瞑ろう。ここが自分のあるべき場所だと、そう信じよう。