「ベルネさん。私、もう行きますね。お元気で」

 ベルネからの反応はない。しかしカルミアは進まなければならなかった。名残惜しいが、時間が迫っている。
 静かに食堂を出ようとすれば、もう一度呼び止められていた。

「元気でやりな……カルミア」

 カルミアはぱっと振り返る。空耳かとも思ったが、背を向けているベルネの耳は赤い。

「ベルネさん、今っ!」

 名前を呼ばれたのはこれが初めてだった。むしろ覚えていてくれたのかと、驚きと感激が同時に襲う。
 カルミアは思い切り駆け寄るとベルネに抱き着いていた。これが永遠の別れではない。けれど離れがたいと思ってしまう。

「私の名前、憶えてくれたんですね」

 引き剥がそうとしていたベルネも最後には諦めたように力を抜いた。

「あんたみたいに強烈な人間、忘れるわけないだろう。これからだって忘れやしないさ。あたしの長い人生に名を刻んでやるんだ、光栄に思いな」

 変わらぬ態度に悪態は冷たくも見えるが、ベルネはベルネなりに別れを惜しんでくれていた。それだけでカルミアは泣きたくなるような幸せを感じていた。

 アパートの次にカルミアが訪ねたのは街で異様なほどの列を形成する店だ。店内には収まりきらないほどの人が押しかけ、外では店員が列の誘導を行っている。
 改めて混み具合を目にしたカルミアは裏口から顔を出すことにした。カルミアに気付いた店長は、多忙にも関わらず仕事を抜けて挨拶に訪れた。

「ご無沙汰しております。オーナー」

「こんにちは。繁盛しているようね」

「オーナーのおかげです。速やかな商品手配、人員確保、いずれもオーナーが手配して下さらなければ、これほどのお客様にご満足していただくことが出来たかどうか。香水の需要がここまで高まるなんて、正直言って驚いています」

「みんな学園で起きた騒動を見たはずだから、宣伝にもなって多少は繁盛すると思っていたけど、ここまでの効果とは私も驚いているわ。有り難いことよね」