「部下に頼んで用意させたわ。レインさんに言われて、私も食べたくなっちゃった」

 レインは土鍋の中身とカルミアを交互に見比べる。彼女の困惑の理由を察した上で、カルミアは悪戯が成功した気分だった。

「味噌なんて、この世界で見たことありません」

「市場には出回っていないけど、昔立ち寄った国で見たことがあってね。時々取り寄せてるの」

「取り寄せるって、そんな簡単に……」

 この世界に通販というシステムはない。国外から品を取り寄せたいと願ったところでそれを叶えてくれる業者など存在しないのだ。個人がそれをおこなうことも難しい。しかしカルミアにはそれが出来てしまう。

「私、ラクレット家の娘だから」

「ラクレットって……あのラクレット!?」

「改めまして。カルミア・ラクレットよ。よろしくね」

「そんな設定聞いてない!」

「私だって聞いてないわよ」

「こんな、こんなことって……」

 レインは現状についていくのがやっとのようで、押し寄せる真実の目まぐるしさに疲弊していた。そしてある可能性にたどり着く。

「ま、待って! 聞いてないって……まさかカルミアも?」

 カルミアの口調から、レインも気付いたようだ。答えを急かされるように見つめられたカルミアは笑顔で言い放つ。

「そういうことよ。アレクシーネの魔法(きせき)は徹夜でプレイした。私のゲーム史に刻まれた名作ね。けど、悪役令嬢だったことを思い出したのは最近よ」

「それが本当なら私、とんでもない誤解をして、いました……?」

「まあ、わりと」

 その瞬間、レインは猛烈に頭を下げ始めた。

「ごめんなさい! カルミア、私、本当にごめんなさい。勝手に一人で誤解して、みんなに迷惑をかけて、リシャール……ううん。校長先生にも許されないことをした!」

「謝罪なら私はもういいわ。レインさんの気持ちはわかったもの。誤解が解けたならそれでいいのよ」

 顔を上げたレインは泣き出す前のような表情に無理やり笑顔を浮かべていた。

「カルミアは、カルミアなんですね。貴女はゲームとは違った。私、もっとちゃんと、カルミアと話していれば良かったんですね」

 すべての真実を知ったレインは腰が抜けたようにベッドへ舞い戻る。しかし長年の重責から解放されたのか、どこか晴れやかだった。