「ここは私が経営している学生向け物件よ。レインさんのことはアパートの管理人に頼んで見張ってもらってる。今は食堂で知り合いも働いているから、何かあればすぐに報告してもらえることになっているわ」

 よほど信じられなかったのか、真相を知ったレインはわなわなと震え始めていた。

「わ、私、敵の所有物件で生活していたの……? しかもご飯が美味しいとか、家具つきで便利とか、家賃が安いとか喜んでいたの!?」

「ご利用いただきありがとうございます」

 これもカルミアが提案したラクレット家の事業の一つである。アパートは家具つきで、深夜まで営業している共同の食堂と、厨房を併設しているのが売りだ。この世界には初めてとなる奇抜なスタイルの貸し物件でありながら、毎年予約で満室になるほどの人気を見せている。

「う、嘘だ……」

「残念ながら本当のことよ。それより厨房で働いている知り合いに聞いたけど、あまりご飯を食べていないんですって? 無理にとは言わないけど、食事はしっかりとらないとね。今日もまだ食べていないみたいだし、厨房を借りて差し入れを作ってみたの」

「でも私……」

 レインは最初から学食へ来ることを拒んでいたが、悪役令嬢の作る料理を食べることに抵抗を覚えていたのだろうか。となればまずは自分が先に食べることで毒が入っていないと証明したほうがいいだろう。そこまで想定してもなおカルミアはレインに食べもらうことを望んでいた。

「食べたがっていた物なら食べてくれるんじゃないかと思ってね。はいこれ、好きなんでしょう?」

 カルミアが蓋を開けると湯気が立ち込め、懐かしい匂いが部屋に広がる。

「これ、味噌!?」

 レインは驚愕に席を立つとカルミアが開けた鍋を覗きこむ。
 優しく色のついたスープにはにんじんやじゃがいもといった野菜に、バラ肉が一緒に煮込まれていた。

「豚汁よ」

 声もなく見つめるレインにカルミアは補足する。

「味噌汁もいいかと思ったんだけど、空腹の時は物足りなく感じるじゃない? これなら具もたっぷり入っているし、満足感もあるでしょう。ここに来る前には学園で個人的に振る舞ってみたんだけど、好評のようだし今後は学食でも食べられるように手配しておくわね」

「そうじゃなくて! どうして味噌がここにあるんですか!?」